喫緊の課題、企業が直面する渇水の問題

~気候変動による最近の事例を踏まえて~

はじめに

2023年、東京では連続無降水日が生じ、夏場には平年比30%~50%の降水状況を記録している上に、記録的な猛暑も続きました。関東の利根川水系のダム貯水率においても、7月では92%あったものが、8月中下旬には60%に低下し矢木沢ダムでは39%というニュースもありました。新潟・富山・石川等の北陸地方ではさらにひどく連続30日以上の無降水・猛暑日記録となっており、河川など瀬涸れなどが報告されました。

 

図 2023年8月における矢木沢ダムの貯水率

出典:国土交通省関東地方整備局利根川ダム統合管理所

https://www.ktr.mlit.go.jp/tonedamu/teikyo/realtime2/E007020.html#damdate212880

 

図 北陸の渇水状況及び全国の2023年7月~8月(30日間)の降水状況

出典:気象協会 https://tenki.jp/forecaster/r_wada/2023/08/22/24881.html

出典:気象庁 https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/mdrr/tenkou/indexTenkouPre30dhi.html

 

降水が減少することにより、流域からの自然湧出量が低下し、河川の水が減り、ダムなどの補給施設の貯水率が下がると渇水となります。今回のインサイトでは、企業にとって大きなリスクの一つである水リスクのうち、渇水について取り上げていきます。

(アキダクトAqueduct Water Risk AtlasにおけるWater Stress水ストレス,Water Depletion水分の枯渇, Groundwater Table Decline地下水面低下, Drought Risk干ばつリスクほかに関連)

企業が利用する水の種類

企業が利用する水資源としては主に工業用水・水道用水・地下水があります。

ⅰ)工業用水

工業用水は工業用水事業法に則り、工業に用途を絞り使用者を募った上で取水され、送水されるものです。日本ではおおむね21百万m3/平均日(2023年値)と集計されています。

ⅱ)(上)水道用水

水道用水は主に市民生活用途に向けて供される水で、浄水処理が施された飲用可能な水です。企業が使用する場合は、料金が高いため食料品製造原料や純水を使用する工程に用いられることに限られるようです。

工業用水も水道用水も主に河川や湖沼から取水されます。古い時代は河川の流れ(流況)が比較的良い河川にのみ限られていた取水ですが、ダムや複数のダム群などを含めた策定計画に基づき、「自然流況より洪水などで流況が上回る分を貯め、その後平常時に河川の流況を維持しながら放流するものを取水し、生み出される許可制の用水」です(法定語で許可水利権)。地域や水系によりさまざまな状況がありますが、日本では水資源開発促進法(1961年制定)が最もメジャーで、利根川、荒川、豊川、木曽川、淀川、吉野川、筑後川で水資源基本計画が実施されています。その他の河川でも法律にのっとりこのような計画が策定されています。

海外では、その多くが国の開発法に則してさまざまに計画・管理されています。たとえば、日本が参考にした米国のTVA計画「テネシー川流域開発公社」法、オーストラリアのシドニー水道公社法など、法整備は国により異なります。また、途上国ではそのような計画が存在しない場合もあります。

ⅲ)地下水

地下水とは地下に存在する水の総称で、企業が利用する場合はこれを適正に揚水して用いられるものを指します。適正とは「工業用水法」並びに「建築物用地下水の採取の規制に関する法律」、26都道府県、251市町村で定められている地下水の保全に関する数多くの条例や要綱などの範囲です。これらは取水による地盤沈下の抑止や地下水そのものの保全に対する決まりです。

※弊社では地下水に関する紹介動画を作成しており、国土交通省にも水を大切にする動画の作成支援をしています。URL⇒ https://youtu.be/Xn-TOg6YVOk

渇水

渇水とは、一般的には雨が降らず、河川・貯水池などの水が枯れることです。河川法周辺では河川を流れる水の流量の少ない方から年間355日として渇水流量として毎年記録しています。ここでは流量としての渇水ではなく、今年のような、世界的に発生した日常生活にも影響を及ぼす長期間の渇水についてお話しします。

長期間降水がなく、地盤へ浸透する水の量(水涵養量)が極端になくなると、地域全体で土壌水分量が下がり、地下水にダメージが生じます。今まで取れていた地下水位は低下し、地中の中で周辺からゆっくりと供給されていた水量も十分でなくなり、ポンプアップしていた井戸での揚水量も不足がちになります。当然、地盤から湧出する水量も減ることから河川の流況が悪くなり、極端な場合、川や湖沼が干上がってしまうことがあります。

今年の国際的代表的なニュースは、パナマ運河での航行制限です。パナマ運河は北アメリカ大陸と南アメリカ大陸をつなぐロック式運河で、1914年に開通して以降、今や世界海運の6%とも言われる運航量を支えています。両洋の干満差を変換するため閘門(ロック)に水を注水しますが、これに利用している水は、Gatun湖とAlajueia湖の淡水です。これらの湖の水は地域の住民も利用しています。この地域で雨期となる4月下旬から雨がほとんど降らなかったため湖が一部干上がり、閘門内に注水できる量が少なくなっています。これにより、閘門内の水位が下がるため、大型船の航行を制限せざるを得ない事態となっています。このように、渇水の影響は、河川・湖沼やそれを利用する経済活動・人間、その環境に依存する生態系にも影響が及ぶと予想できます。

 

© OpenStreetMap contributors

図 パナマ運河概略断面図

 

図 パナマ運河の構造の概略図

 

【参考資料】

▽通行制限下のパナマ運河(AFP通信)

https://www.afpbb.com/articles/-/3478704?pid=25966515

▽パナマ運河の停滞状況(yahooNews、日本海事新聞)

https://news.yahoo.co.jp/articles/1a807d14240f84cb3e143d896ebf2aab6b850a59

このほかにもスペイン・フランス・イタリア・トルコなどで本年2023年初頭の冬より大きな干ばつが報告されています。スペインでは農業用水・工業用水・水道に使用制限がかけられています。

渇水への備え

日本では、ダムの貯水量が例年に比して急低下をはじめるなど、大規模な渇水が生じそうな状況になると、一級河川の場合、国が流域の渇水調整協議会を設置します。協議会では、今後の天候を踏まえ、水系別に流域の都道府県および取水者と取水量・時期の調整が行われます。その際、主に工業用水、農業用水、上水道の順で調整(年間通して取水する権利者やある期間に集中して取水する権利者を勘案して調整)するのが通例です。その手続きを経て生活に直結する上水道の給水制限も行われます。このような事態では工業用水も制限を受け、企業の操業拠点で契約している所定量も長期にわたり減量・断水など制限される可能性があります。

一方、途上国などの海外ではこのような調整が行われない場合もあり、いわゆる取ったもの勝ちになる国も見られます。このような背景から『水争い』なる言葉や水を原因とした事件も世界の水問題としてクローズアップされているのです。

では、企業は渇水に対してどのように備えておくべきでしょうか?

まず、企業として自己拠点での取水、操業所内での水使用および配水状況について細かく適時(毎時が理想)に実測しておき、水使用の実態と節水要素・再利用要素の可能性などの検討を進めていきます。必要最小限の水使用を設定し、外部に依存している量をどれぐらい減らせるかを戦略的に検討し、進めていくことで渇水に強いリスク対策が打てるようになります。

対処療法にはなりますが、渇水で現行取水が不足する状況を想定したBCP、緊急時対応マニュアルについて検討・整備し、場合により代替水源について設定しておくことも考えられます。

また、グローバルで多数の拠点を持つ企業は、CDP回答で推奨されるアキダクトを用いた水ストレスのチェックを行うことが一般的となってきましたが、グローバルモデルでの情報とローカルな水系の情報とはやや乖離を生む状況があります。自己取水に関して必要最小限の水使用設定、どれぐらい減らせそうかの検討を踏まえ、使用水量の削減方策と将来にわたり安定的な水を利用するための方針、さらに水を自然資本と考えて国際的なイニシアチブであるTNFDやSBTN(SBTs for Nature)のルールにのっとりローカルな流域の中でどのようなインパクトを与えているか、それを減らすための目標設定を定めていくことも、このようなリスクへの備えとなり対策となります。

最後に

ここまでは渇水に関する水リスクについて述べてきましたが、最後に水・降雨問題に密接に関連する地球全体の気候変動について述べたいと思います。

 

図 ハワイ州マウイ島ラハイナ地区の山火事の様子

今年の世界を震撼させた痛ましいニュースとして8月に起きたマウイ島で大規模な山火事があります。降水量の減少で地域の地盤、ひいては樹林や大量の枯れ草が極端に乾燥し、送電線切断が原因とみられる小規模な発火が、大規模火災になったものと推察されています。他にもスペインのテネリフェ島、アメリカのワシントン州東部、カナダ南東部、チリ中部など数多くの深刻な森林火災が報告されています。

【参考資料】

▽ハワイ州マウイ島ラハイナ地区山火事関連記事

https://wired.jp/article/the-scary-science-of-mauis-wildfires/

その一方では、台風や線状降水帯による局所的な豪雨が生じ、それを因にするさまざまな水害などの被害も報告されました。

人間がコントロールできない状況が世界中で見られているといえます。この原因についてはさまざまな要素が考えられますが、温室効果ガス(GHG)排出による地球全体の気候変動による気温上昇であることは、皆さんの共通の認識ではないでしょうか。

その原因の重要な要素である企業は、気候変動・水リスク・生物多様性に対する意欲的な取り組みが強く求められています。

まとめ

  • 国内における企業が使用する水資源は、水資源開発計画に則って配分される権利量。
  • 渇水の影響に対する企業の努力が不可欠。
  • 企業が行える努力の中でも水利用に関する自己情報収集を行い、その情報を活かした削減方針を設定することがリスク対応となる。
  • 水利用を自然資本と考えて国際的なイニシアチブへの対応を行い、意欲的な目標を持つことがリスク対策となる。
  • 気候変動と渇水には関係性が見込まれる。

 

執筆者:竹内 博輝

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