流域治水を踏まえた企業の水害対策のあり方

~「CAMA-FLOOD:水害対策のはじめの一歩である浸水深把握を行うツール」の有用性~

気候変動による影響で降雨形態が変化しており、最近では、線状降水帯※1という言葉をよく耳にするのではないでしょうか。近年、線状降水帯の発生により強度の高い降雨が増加し、一か所地域へ集中豪雨を生じさせることで大規模水害が毎年のように発生しています。日本の治水対策方針は「完全防災」から「減災」へとシフトしており、令和3年には「流域治水関連法」が施工されています。
流域治水とは、「気候変動の影響による降雨量の増加等に対応するため、流域全体(集水域※2から氾濫域※3にわたる流域)を俯瞰し、あらゆる関係者※4が協働して水災害対策に取り組むという考え方です。そのため、すべての企業は流域治水の考え方のもと、水害に対する事業を継続させるための対策として水害リスクマネジメントを行っていくことが重要となります。
※1 線状降水帯:激しい雨を降らせる積乱雲が集まり線状に伸びたもの
※2 集水域:雨水が河川に流入する地域
※3 氾濫域:河川等の氾濫により浸水が想定される地域
※4 あらゆる関係者:国、都道府県、企業、住民等
本インサイトでは、下記の項目について解説させていただきたいと思います。
気候変動によって水災害はどのくらい激甚化・頻発化したのか
日本の治水対策の変遷と転換期
流域治水とは何か
企業が行うべき流域治水を踏まえた水害リスクマネジメントのはじめの一歩

1.気候変動によって水災害はどのくらい激甚化・頻発化したのか

(1)気候変動に伴う降雨増加のメカニズム

地球温暖化により気温上昇が起こると大気が蒸気を保持する上限(飽和水蒸気量※5)が増加します。これにより一度の降雨でもたらされる降水量が増加するため激しい雨が頻発化するというメカニズムとなっています。

※5 飽和水蒸気量:大気に含まれうる水蒸気量

(2)降雨激甚化・頻発化の指標

降雨の激甚化・頻発化は、1年間に激しい雨が何回観測されたかを経年的に確認することで評価できます。激しい雨の判断規模を図る指標として1時間降雨量があります。例えば、1時間降雨量50mmでは、1時間で降った雨がそのまま流れずに溜まった場合、すべての地面で50mmの水が溜まる降雨量であることを示します。表 1に1時間降雨量の雨の強さのイメージを示します。

水害被害が予想される場合、避難や減災対策が必要となりますが、その場合、気象庁より発表される警報を確認されることが多いと思います。大雨・洪水警報※6が発表される目安としては1時間降雨量50mm以上の降雨が予想された場合とされています。

図1では、非常に激しい雨とされる1時間降雨量50mm以上の年間発生回数(1976-2020)を示しています。図の移動平均をとった赤い線を見ると、年々激しい雨が降る頻度が上昇しており、1976年から2020年までの約50年間で約1.4倍となっています。

※6 大雨や洪水による重大な災害が予想される場合に発表される警報(ただし、地域により基準は異なる)

 

表1 1時間降雨量のイメージ

出典:国土交通省気象庁 雨の強さと降り方 平成29年9月一部改訂(加筆あり)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/amehyo.html /2022.0728確認

 

図1 1時間降雨量50mm以上の年間発生回数(1976-2020)

出典:国土交通省 水害レポート2020(加筆あり)
https://www.mlit.go.jp/river/pamphlet_jirei/pdf/suigai2020.pdf /2022.0728確認

 

(3)日本の近年の水害状況

日本の近年の水害状況として平成27年9月関東・東北豪雨や平成29年7月九州北部豪雨を皮切りに毎年、大規模水害が発生しています。

以下に、平成27年から令和3年の間に起きた大規模水害について示します。

 

図2 近年の大規模な水災害一覧(2015-2021)

出典:
・国土交通省 近年の自然災害の発生状況
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/bousai-gensaihonbu/1kai/pdf/sankou.pdf /2022.0728確認

・ボウサイ7 2021年災害一覧
https://www.7mate.jp/saigai /2022.0728確認

・画像出典一覧

①平成27年9月関東・東北豪雨
https://www.signalos.co.jp/news/fire_report_135-2 /2022.0728確認

②平成28年熊本地震
https://www.gsi.go.jp/BOUSAI/H27-kumamoto-earthquake-index.html?fbclid=IwAR1Z1scUjSq53B6cUd_-B664rBX1v-xJV9HEMgk_NxDoXyPH7qQX8HIgVZ0 /2022.0728確認

③平成28年8月台風10号
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/bousai-gensaihonbu/1kai/pdf/sankou.pdf /2022.0728確認

④平成29年7月九州北部豪雨
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/bousai-gensaihonbu/1kai/pdf/sankou.pdf /2022.0728確認

⑤平成30年7月豪雨
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/bousai-gensaihonbu/1kai/pdf/sankou.pdf /2022.0728確認

⑥平成30年台風第21号
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001335631.pdf /2022.0728確認

⑦平成30年北海道胆振東部地震
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/bousai-gensaihonbu/1kai/pdf/sankou.pdf /2022.0728確認

⑧令和元年東日本台風
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/bousai-gensaihonbu/1kai/pdf/sankou.pdf /2022.0728確認

⑨令和2年7月豪雨
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/bousai-gensaihonbu/1kai/pdf/sankou.pdf /2022.0728確認

⑩令和3年7月集中豪雨
https://www.tokyo-np.co.jp/article/114414 /2022.0728確認

⑪令和3年8月集中豪雨
https://www.nnk.co.jp/news/n_research/entry-1235.html /2022.0728確認

 

(4)将来的な水災害予測

1)気候変動の動向

IPCC第6次評価報告書(2021)によると、世界平均気温は工業化前と比べて、2011~2020で1.09℃上昇しています。今後、温室効果ガス濃度がさらに上昇し続けると、今後気温はさらに上昇し、IPCC第6次評価報告書の将来予測シナリオ分析結果では、今世紀末までに3.3~5.7℃の上昇(SSPD-8.5)と予測されています。

上記報告書では、気温上昇を1.5℃に抑える対策(温室効果ガス削減)を行うことで損害を大幅に低減できると言及されており、カーボンニュートラル達成(2050目標)に向けた気候変動対策が極めて重要となるのは周知のとおりです。

2)将来予測

上述の目標を達成し、気温上昇を1.5℃程度に抑えられた場合でも複数の深刻なリスク※7の発生の懸念はあります。表2には、気温上昇が起きた場合の降雨量・流量変化倍率とそれらによる洪水発生頻度の増加率についてのシナリオ分析結果を示しています。2℃気温が上昇した場合※8に降雨量・流量は増加し、洪水の発生頻度は約2倍となるため、将来的に水災害は拡大することが分析されています。このことから、水災害への対策の重要性は今後ますます高まることは間違いないことが伺えます。(IPCC第6次評価報告書ではシナリオ分析にSSP分析が使用されているが、洪水発生頻度への言及がないため表2ではRCP分析を使用している。)

※7 深刻なリスク:生物多様性の喪失、水資源の減少、干ばつ・洪水強度や頻度の増加等)

※8 2℃気温が上昇: 1.5℃気温が上昇した場合に一番近いシナリオ分析結果となる

 

表2 降雨量、流量の変化倍率と洪水発生頻度の変化(全国平均)

出典:国土交通省 気候変動を踏まえた治水計画のあり方_降雨量変更倍率設定(加筆あり)
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/chisui_kentoukai/dai05kai/05_dai5kai_henkabairitunosettei.pdf /2022.0729確認

2.日本の治水対策の変遷と転換期

河川の管理についての変遷をたどると、治水と自然に配慮した川づくりを大幅に見直す転換となる戦略・方針・法令等が公表されています。平成27年5月には「水防法等の一部を改正する法律」(想定最大規模降雨のリスクを公表)を公布し、国の治水対策の考え方が「防災」から浸水が発生することを前提とした「減災」へとシフトしています

直近では、令和3年5月に流域治水関連法が公布され、「流域の関係者が一体となって行う流域治水」をキーワードに気候変動に対応した治水対策が行われています。

下記に、河川管理から流域管理への変遷を多自然川づくりやグリーンインフラの戦略に注視して整理した結果を示します。

 

表3 河川管理から流域管理への変遷

出典:
・流域治水時代の多自然川づくりと新技術2020.11.中村圭吾著 https://cir.nii.ac.jp/crid/1520854806014813184

・国土交通省 近年の水害と「流域治水」の推進
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/shaseishin/kasenbunkakai/shouiinkai/kihonhoushin/dai109kai/03_shiryou1_ryuuikichisui.pdf /2022.0729確認

・国土交通省 多自然川づくりの変遷
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tashizen/dai02kai/pdf/05_shiryo1_hensen.pdf /2022.0729確認

3.流域治水とは

(1)流域治水の考え方

流域治水とは、気候変動の影響により降雨量が増加し、水災害が激甚化・頻発化していることを受け、ハード整備の加速化・充実や治水計画の見直しに加え、流域を俯瞰し、国や流域自治体、企業・住民等、あらゆる関係者が協働して対策に取り組んでいこうという考え方です。

(2)流域治水の施策について

治水計画を「過去の降雨、潮位などに基づいた計画」から「気候変動による降雨量の増加などを考慮した計画」に見直し、流域を集水域と河川区域のみならず、氾濫域も含めて一つの流域として捉え、地域の特性に応じた下記の対策をハード・ソフト一体で多層的に進めることとしています。(図3参照)

①氾濫をできるだけ防ぐ、減らす対策

②被害対象を減少させるための対策

③被害の軽減、早期復旧・復興のための対策

 

表4 流域治水の施策例

出典:国土交通省水管理・国土保全局 「流域治水」の基本的な考え方
https://www.mlit.go.jp/river/kasen/suisin/pdf/01_kangaekata.pdf /2022.0729確認

 

図3 流域治水の施策について

出典:国土交通省水管理・国土保全局 「流域治水」の基本的な考え方
https://www.mlit.go.jp/river/kasen/suisin/pdf/01_kangaekata.pdf /2022.0729確認

4.企業が行うべき水害リスクマネジメントのはじめの一歩

(1)水害リスクマネジメントの対策手順

気候変動による水害リスクは高まりをみせており、人命の安全だけでなく企業活動への影響を最小限とする対策を行っていく必要があります。企業の多くは大規模な地震に対する対策としてのBCP(事業継続計画)は策定されているかと思います。しかし、水害に対するBCP(事業継続計画)の策定は進んでいない企業が多く、策定していても実際に則していなく無理な計画としている場合もあります。(図4参照)水害は巨大地震よりも頻繁に発生し、また今後その頻度や程度が高まることが明確になっています。そのため、企業は巨大地震だけでなく、より高頻度で発生する水害リスクマネジメントも考慮することが重要となります。

下記に、水害リスクマネジメントを行う際のフローを示します。

 

表5 水害リスクマネジメントフロー

図4 企業の水害対策(BCP策定)の現状

出典:国土交通省 浸水被害防止に向けた取組事例集H29.8
https://www.mlit.go.jp/river/bousai/shinsuihigai/pdf/171225_zentai_hi.pdf /2022.0729確認

 

(2)浸水深把握におけるCAMA-FLOODの有用性

1)浸水深の把握

水害リスクの第一歩として企業は浸水する可能性があるのか、浸水する場合どのくらいの深さ浸水するのかを把握することが重要となります。浸水可能性および浸水深の把握方法としては、本来はその地域の気象情報・地形や河川などの測量情報・専門的で作業時間のかかる解析などから氾濫の想定が行われてきました。近年では、Aqueductなどのオープンデータから簡易に把握する方法があります。前者は費用が高いといった問題があり、後者では精度が低いことやデータがない地域がある等の問題があります。

上述の問題解決として、安価で高精度な浸水把握を可能とする解析ソフト(CAMA-FLOOD)についてご紹介させていただきます。

2)CAMA-FLOODとは

全球(地球上のすべての河川を対象とする)スケールで解析を行い、複雑な氾濫原※3における流れについて精度をほぼ落とさずに表現することができます。また、気候変動の影響を考慮した洪水のリスクを評価可能(浸水範囲、浸水深)です。

 

図5 解析事例(ベトナム_メコンデルタにおける洪水評価)

出典:CaMa-Flood:全球河川流体力学モデル
http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/~yamadai/cama-flood /2022.0801確認

 

3)CAMA-FLOODの有用性

下記にCAMA-FLOODの有用性について示します。

 

表6 洪水リスク評価時の課題に対するCAMA-FLOODの有用性

 

5.まとめ

1.気候変動の影響で降雨が激甚化・頻発化しており、直近50年のデータを確認すると激しい雨(1時間降雨量50mm)の頻度が約1.4倍となっている。その影響により、大規模な水害が毎年発生している。

2.日本では治水対策の考え方が「防災」から「減災」へとシフトしており、「流域の関係者が一体となって行う流域治水」をキーワードに治水対策が行われている。

3.国の治水方針が「完全防災」から「減災」にシフトしたことにより、すべての企業は流域治水の考え方のもと、水害に対する事業を継続させるための対策として水害リスクマネジメントを行っていくことが重要となる。

4.水害リスクマネジメントを行う上で第一に洪水時に事業拠点がどの程度浸水するのかを把握することが重要である。

5.浸水範囲、浸水深を精度よく簡易的に把握するツールとしてCAMA-FLOODでの氾濫解析がある。

 

執筆者:堅田 恭輔

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