TNFDフレームワーク ベータ版v0.2
2022年6月末、TNFDフレームワーク ベータ版v0.2が公開されました。TNFDは、自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)の略称であり、TCFDをベースに自然資本関連の開示フレームワーク開発が進められています。v0.2は2022年3月に公開されたv0.1のアップデート版であり、今後も定期的にアップデートが公開されていく予定です。
近年、TCFDへの対応を進める企業が急増しており、数年前に比べ企業の環境やサステナビリティに対する活動は極めて活発化していると言えるでしょう。しかしながら、「気候変動」への対応だけでは持続可能な社会の実現は困難であり、企業が依存あるいは事業活動を通じて影響を与えている「水」や「生物多様性」、「森林」等の自然資本への対応が不可欠です。
今回は、現在開発中のTNFDフレームワーク ベータ版v0.2について、その概要を紹介します。
TNFDフレームワーク ベータ版v0.2の概要
TNFDフレームワーク ベータ版v0.2で公開された主な内容は、以下の通りです。
- 指標と目標のドラフトアプローチについて
- 個別ガイダンスへのアプローチについて
- 金融機関向けのリスクと機会の評価プロセスLEAP-FIのアップデートについて
また、フレームワークベータ版v0.2に加え、2022年7月から開始されているパイロットテストに関する追加ガイダンス、LEAPアプローチにおける企業向け依存・影響度分析の評価(E)フェーズに関する追加ガイダンス、LEAPアプローチによる優先的なロケーションの特定に関する追加ガイダンス、林業に関する仮想の企業のLEAPアプローチに関するケーススタディについても公表されています。
TNFDフレームワークベータ版v0.2のトピック別解説
ここでは、TNFDフレームワークベータ版v0.2の3つの主なトピックについて解説します。
1. 指標と目標のドラフトアプローチについて
自然資本に関する指標と目標を設定していくためには、自然資本と生態系サービスに対する標準的な測定方法が定められることが望まれます。現在、自然資本と生態系サービスに関する「測定」は、様々な側面で開発や研究が進められているものの、自然関連の依存関係、影響、リスク、機会を測定する包括的なアプローチなどについて確立していない中、市場のコンセンサスが得られている状況ではありません。TNFDでは、自然資本と生態系サービスに関する標準的な測定方法の確立を課題として捉えており、以下のような測定方針で開発を目指しているとされています。
1.科学的に堅牢である
2.影響だけでなく、依存関係、リスク、機会を評価するための指標を改善し、自然関連全体の指標のレベルアップに繋げることができる
3.企業や金融機関の意思決定に役立つ、比較可能で質の高いデータを提供できる
4.実用的で、組織が規模やレベル(サイト、製品、企業)に応じて、効率的に、費用対効果の高い方法で使用できる
5.リスクと機会の管理、移行計画、企業の目標設定に利用でき、自然の喪失を逆転させる(自然へポジティブな影響を与える)世界的な公共政策の目標に沿っている
では、v0.2における指標と目標のドラフトアプローチについてどのような内容が盛り込まれているかというと、主に①TNFDの指標と目標に対する考え方の概要、②評価指標を選択するための基準案の提供、③TNFDにおける目標設定のための基本的な検討事項となります。
① TNFDの指標と目標に対する考え方の概要
TNFDにおける指標と目標の考え方は、以下のように整理することができます。
1.指標には、「評価指標」と「開示指標」がある
TNFDでは、自然関連のリスクと機会の管理に対する社内の評価プロセスで使用される「評価指標」と、TNFDの開示勧告に従って情報開示を行う際に用いる「開示指標」を設けることが想定されています。「評価指標」というのは、v0.1で公開された自然資本に関するリスクや機会を評価分析するLEAPアプローチにおいて、それぞれのステップで用いる指標です。「評価指標」はあくまで内部の評価や管理を行う上で使用する指標なので、開示は要求されません。なお、「開示指標」については、以下のv0.2では詳述されておらず、今後のリリースで詳述されると考えられます。
2.LEAPアプローチを用いることで、評価指標を明確にすることができる
V0.2では、LEAPアプローチのE(Evaluate)フェーズにおける自然への依存と影響の評価指標について焦点を当てています。自然への依存度や影響の評価指標としては、事業活動の生産物に使用される資源の量といった「インパクトドライバー」や「自然状態」、「生態系サービスの指標」などが該当します。
3.業界横断的な指標についても活用する
TCFDのアプローチや市場における既存の枠組みや基準に基づき、自然関連の業界横断的な指標を特定し、活用することが検討されています。例えば、様々なセクターで使用される水資源における「水使用量」などが横断的な指標に該当します。
4.開示指標は、「コア開示指標」と「追加開示指標」に区分することで、異なる開示制度に対して比較が可能であり、柔軟に対応できるようにする
コア開示指標は、TNFDの開示勧告に従って、すべての組織が開示すべき指標となります。このコア開示指標を設けることで、セクター内あるいはセクター間の比較を可能にします。一方、追加開示指標は、企業や金融機関が、特定の業界、地域、法規制などに応じて選択できる指標とされています。
5.フレームワークで推奨する指標について、定期的な見直しを行う
TNFDでは、2023年9月にフレームワークv1.0にて推奨する特定の指標が示されますが、この指標は3年から5年ごとに定期的に見直しが行われるとされています。定期的なアップデートでは、2020年以降の世界的な生物多様性の枠組(GBF)のモニタリングフレームワークのレビュー、生物多様性と生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)が実施した評価報告書、国際会計基準審議会(ISB)による報告基準の規制体制などを考慮するとされています。
6.SBTNのような新しい目標設定のフレームワークやアプローチと整合を図る
指標や目標設定に対するアプローチは、GBFのような新しい枠組みやScience-Based Targets Network(SBTN)が開発している企業の目標設定アプローチと連携していくとされています。
② 評価指標を選択するための基準案の提供
TNFDは、組織が指標や測定基準を選択する際には、事業セクターや事業地域の観点を考慮すべきと指摘しており、以下の基準案が示されています。図1は、指標設定の概念と例が示しています。
1.関連する指標を幅広く選択する
2.事業にとっての重要性を考慮する
拠点の優先順位付け(LEAPアプローチのL3)や重要性評価(A4)の結果に基づいて指標を選択する
3.関連する場合、陸、淡水、海洋、大気の4つの領域をカバーする
4.相互関連性を考慮する
選択される指標は、影響要因、自然の状態、生態系サービス間の関係を反映させるものでなくてはならない。
5.一連の指標を使用する
指標は、絶対値、変化率、強度/効率、普及率、レベルを含む一連の指標を用いる必要がある。
6.スケーラビリティを考慮する
拡張性があり、セクターや場所、目標に対して様々なレベルに適応できるものでなければならない。
7.ベースラインと比較を行う
自然の状態の測定基準は、現在の生態系の状態をベースラインと比較する必要がある
図1 指標設定の概念と例
TNFDフレームワーク ベータ版v0.2を基に一部当社作成
③ TNFDにおける目標設定のための基本的な検討事項
ここでは、目標設定を行う際には、グローバル(国際政策のレベル)、ナショナル(国の規制や法律のレベル)、ローカル(ビジネスと自然が接する生態系のレベル)の3つのレベルで指標と目標を整理することが必要とされています。
しかしながら、気候変動の分野においては、グローバル、ナショナル、ローカルのレベルで構造が確立しているものの、自然資本の分野においては、グローバルのレベルでのフレームワークが確立されておらず、自然資本に関する指標と目標設定のための建付けが定まっていない状態です。
2. 個別ガイダンスへのアプローチについて
v0.1に対するフィードバックでは、セクター別、レルム別(海洋、淡水、陸上、大気)、自然関連の課題別などに合わせたガイダンスを要求する声を多く受けたことから、①TNFDのセクター分類とセクターの優先順位付けが示されています。また、②次のステップに向けた追加ガイダンスの開発予定について概要が記されています。ここでは、TNFDが示す優先セクターについて、表1に整理しています。
3. 金融機関向けのリスクと機会の評価プロセスLEAP-FIのアップデート
v0.2においては、v0.1で示された金融機関向けの自然関連のリスクと機会の評価プロセスとしてのLEAP-FIに対し、アップデートが示されました。LEAP-FIは、銀行、保険会社、資産運用会社、資産家および開発金融機関のニーズを満たすことを目的に開発されています。LEAP-FIとLEAPの大きな違いは、LEAP-FIは、金融機関がその金融ポートフォリオを評価する際に、優先順位付けと重点的に評価を行っていく際に役立つスコーピング・クエッションが設定されていることです。v0.2におけるスコーピング・クエッションは、①事業の種類、②エントリーポイント、③分析のタイプで構成されています。
① 事業の種類
この設問では、金融機関としてどのような業務を行っているのか、事業における主な機能単位(リテール、商業銀行部門、投資銀行部門・・・)は何かを確認し、評価すべき領域を設定します。実際には、金融機関は一つの機能に焦点を当てて評価を開始することが選択できますが、時間をかけて事業の全領域を評価すべきとされています。
② エントリーポイント
この設問では、どこが適切なLEAPへのエントリーポイントかを判断します。どのようなセクター/地域に資本を配分するか、どのような金融商品/アセットクラスがあり、それらは自然との相互作用の可能性があるか、自社の金融活動は生物多様性・生態系とどのように相互作用しているのか、といった設問が準備されています。
③ 分析のタイプ
この設問では、自社の金融商品/アセットクラスに最も適切な評価レベルを設定します。評価が、プロジェクトやサイトレベルで行われるのか、会社レベル化、ポートフォリオレベルなのかを適切に考慮することが重要であるとされています。
以上、金融機関は3つのスコーピング・クエッションを考慮し、LEAPアプローチのL(Locate)またはE(Evaluate)フェーズに進むことになります。なお、LEAP-FIについても、TNFDは金融機関からの継続的なフィードバックを踏まえ、改善を図っていくとされています。
さいごに/今後のスケジュール
TNFDフレームワークは、依然として開発が進められている段階です。指標や目標設定などの継続的な開発が期待されるほか、シナリオ分析など今後公開を注視していく領域も多く存在します。一方で、自然資本への関心は今後益々高まることが想定され、近い将来には対応を迫られる可能性は極めて高いと想定されます。このため、現時点から自然資本や生物多様性に関する情報収集を行うことや、LEAPアプローチ等を用いた評価の実践は、結果として有意義な取り組みになるでしょう。
今回の公開では、2022年7月から開始されているパイロットテストに関する追加ガイダンスも併せて公開されています。パイロットテストは、現状のフレームワークを企業あるいは金融機関に実装し、自然関連のリスクと機会の評価に関する経験を養うことや評価等に必要なリソースや知識・能力等のギャップを把握すること、そしてTNFDの設計・開発にフィードバックを行うことなどを目指しており、2023年6月までに完了する計画となっています。2023年に市場に導入されるTNFDに対し、先手を打って理解を深めることができるパイロットテストは、自然関連の問題がビジネスにおいて重要性を増す中で貴重な機会と捉えることができるでしょう。
八千代エンジニヤリング株式会社は、生物多様性や自然資本に関する専門家(技術士等)が多数在籍し、自然科学的なアプローチを踏まえたコンサルティングを行っています。また、TNFDフォーラムやSBTNコーポレートエンゲージプログラムに参加し、最新動向を捉えたご支援が可能です。今後、自然資本に対する評価やTNFDへの対応、パイロットテストへの参加を検討されている場合は、是非お気軽にお問合せください。
なお、TNFDフレームワークは市場参加者の継続的なフィードバックに基づき、今後も改定が進められます。今後のスケジュールについては、v0.1から若干の修正があり、次回v0.3のリリースは、2022年11月を予定されています。また、v0.3に向けた短期的な優先作業事項は、以下となります。
- シナリオの初期アプローチの開発
- リスクと機会の評価指標に関するガイダンスおよび評価指標と目標設定へのアプローチ継続構築
- 金融機関向けガイダンスを含む、優先分野/領域/自然関連問題に対するガイダンスの策定
- データカタリストのローンチと実行
まとめ
1.TNFDフレームワークベータ版v0.2では、指標と目標のドラフトアプローチ、個別ガイダンスへのアプローチ、金融機関向けのリスクと機会の評価プロセスLEAP-FIのアップデートが主なコンポーネントとして含まれる
2.指標には、社内アセスメントで用いる「評価指標」とTNFDの開示勧告に従って開示を行う際に用いる「開示指標」がある
3.「開示指標」には、「コア開示指標」と「追加開示指標」に区分される予定である
4.目標設定手法については、現状では定まっておらず、今後アップデートが予定されている
5.指標や目標設定のアプローチは、GBFのような新しい枠組みやSBTNが開発している企業の目標設定アプローチと連携していく予定である
6.v0.1のフィードバックを踏まえ、TNFDによる優先セクターが示されている
7.v0.3の公開は、2022年11月が予定されている
※現時点での当社の見解であり、情報の正確性や完全性を保証するものではありません
執筆者:吉田 広人
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