生物多様性・環境をどう保全するか? 企業の取り組み事例【業種別8社】

はじめに
人間の活動によって生物多様性は危機的な状況に陥っており、その保全に向けた取り組みが世界的に加速しています。生物多様性保全は企業にとっても喫緊の課題であるため、事業特性に合わせた取り組みが求められています。

本記事では、生物多様性保全の活動指針となる目標設定および情報開示のフレームワークや、実際に保全活動に注力している上場企業8社の取り組みを紹介します。

生物多様性保全の重要性

 

地球上には多種多様な生きものが存在しています。その数は未知のものを含めると約3,000万種に上ると言われ、相互に影響を及ぼしながら生きています。こうした、異なる個性をもつ多様な生きもの同士のつながりが「生物多様性」です。

いま、生物多様性は人間の経済活動などの影響を受けて危機的な状況にあり、世界中で保全の取り組みが加速しています。

生物多様性の損失による企業への影響

 

私たち人間は生物多様性を基盤とする自然から多くの恩恵を受けています。生物多様性が私たちにもたらす恩恵は「生態系サービス」と呼ばれ、以下の4つに分類されます。

 

<生態系サービスの分類>

 

  • 供給サービス:食料、水、原材料、遺伝子資源、薬用資源など
  • 調整サービス:大気質調整、気候調整、局所災害の緩和、水質浄化など
  • 文化的サービス:自然景観の保全、レクリエーションや観光の場と機会など
  • 基盤サービス:生息・生育環境の提供、遺伝的多様性の保全

 

生態系サービスは人間社会のあらゆる営みに直接的・間接的に関わっているため、利用できなくなると事業活動が滞るだけではなく、自然災害など命に関わる状況に陥るリスクも高まります。

 

(出典)
朝日新聞SDGs ACTION! | 生物多様性とは? 重要性や訪れている危機、保全に必要なことを紹介
環境省 | 昆明・モントリオール生物多様性枠組

企業に求められる生物多様性保全の取り組み

 

危機的な状況にある生物多様性の保全に向けて、国際社会は1992年に採択された「生物多様性条約」をはじめ、さまざまな取り組みを推進しています。

 

近年では、生物多様性や自然資本の保全に関するタスクフォースとして「TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)」が発足し、2023年9月に生物多様性へのアプローチ方法をまとめた最終提言(v1.0)が公開されました。

 

また、2022年12月に国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」では、2050年までの長期目標のほか、2030年までの短期的な行動目標(グローバルターゲット)やミッションが定められました。

 

生物多様性を保全するために、企業は国際社会が示す指針やフレームワークに基づいて積極的に取り組むことが求められています。ここでは、目標設定と情報開示の代表的なフレームワークをご紹介します。

目標設定 ~「SBTs for Nature」の5つのステップ~

 

科学に基づいた目標設定を行うネットワーク組織「SBTN(Science Based Targets Network)」は、生物多様性を含めた自然資本の保全に向けた目標設定のフレームワーク「SBTs for Nature」を開発しました。

 

SBTs for Natureでは以下のような5つのステップが推奨されています。

 

ステップ1:分析・評価
自然に対して大きな負荷をかけている自然課題領域を特定し、バリューチェーンに対する影響の度合いを推定する

 

ステップ2:理解・優先順位づけ
影響をおよぼす範囲を特定した上で、優先的に取り組むべき課題や所在の順位づけを行う

 

ステップ3:計測・設定・開示
SBTNの枠組みやその他ガイダンスなどを参考に、モニタリング計画や目標を設定・開示する

 

ステップ4:行動
SBTNの枠組みや事例を参考に、目標達成に向けた具体的な計画を策定する

 

ステップ5:追跡
進捗状況をモニタリングし、検証・改善と開示を行う

 

情報開示 ~TNFDが推奨する開示項目とプロセス~

 

TNFDは、情報開示の項目について「ガバナンス」「戦略」「リスクとインパクト管理」「指標と目標」の4つの柱を軸に、14の開示推奨項目を提示しています。

 

<TNFDの開示推奨項目>

TNFDの開示推奨項目

出典:「Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(TNFD)」より当社仮訳

 

また、企業の情報開示のプロセスとして「LEAPアプローチ」という指針を示しています。LEAPは4つのアクションの頭文字をとった名称です。

 

<LEAPアプローチ:各項目の概要>

 

  • Locate(発見する)
    事業活動に関わる拠点を洗い出した上で、各拠点の自然に対する影響度を調べ、優先的に取り組むべき地域を特定する
  • Evaluate(診断する)
    優先地域における自社の活動や自然に対する「依存」と「影響」を測定・分析し、そのインパクトを診断する
  • Assess(評価する)
    自社の活動にとっての「リスク」と「機会」を特定・評価し、既存リスクの軽減やリスクの機会を管理する措置について検討する。リスクと機会の優先順位づけと重要性評価も行う
  • Prepare(準備する)
    分析結果を踏まえて「戦略」と「リソース配分」を決め、達成すべき目標と進捗の測定指標を設定する。また、開示準備として「何を・どこで・どのように公表するか」を決める

 

LEAPアプローチを実施する前に、事前調査や仮説を立てる「Scoping(スコーピング)」を行うことが推奨されています。

 

(出典)
朝日新聞SDGs ACTION! | TNFDとは何かわかりやすく解説 開示内容や参加している日本企業も
環境省 | LEAP/TNFDの解説
サステナビリティNavi | TNFDフレームワークv1.0の概要とSBTNとの関連性について

【業種別】上場企業の取り組み事例

 

ここでは、実際に生物多様性保全に注力している上場企業8社の取り組みを紹介します。

株式会社クボタ

 

企業活動と生物多様性との関わりが強いと考えられる「農業分野」および「水環境分野」において、LEAPアプローチを用いた分析を行い、次のような取り組みを推進しています。

 

<取り組み例>
稚魚放流、サンゴの再生ボランティア、植樹活動、野生鳥獣の保護
事業所構内や周辺の緑化や美化活動
社会貢献活動(クボタeプロジェクト)

 

取り組みの詳細

リコーグループ

 

生物多様性の損失を止め自然を回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」と「森林破壊ゼロ」社会の実現を目指す同社では、生態系への影響・リスクが大きい紙パルプなどの原材料の調達プロセスの見直しを実施。また、2030年までに100万本の植林を行う目標を掲げ、さまざまなステークホルダーと連携しながら国内外で保全活動を行っています。

 

<取り組み例>
地域固有の生物多様性を守る取り組み
ステークホルダー協働による森づくり
お客様と連携した森づくり
国内外の森林保全プロジェクト
社員が取り組む森づくり

 

取り組みの詳細

JALグループ

 

生物多様性と気候変動の問題は密接な関係にあることから、両課題に取り組むことを経営戦略上の重要課題に挙げています。生物多様性保全については、航空運送事業における自然への依存と影響を洗い出し、優先して生物多様性の保全に取り組むべき地域を特定。その上で、事業上のリスクと機会を分析し、幅広い活動につなげています。

 

<取り組み例>
野生生物の違法取引防止
植物防疫への取り組み
世界自然遺産登録への挑戦(奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島)
国の天然記念物タンチョウの保全活動

 

取り組みの詳細

住友林業株式会社

 

国内に約4.8万haの社有林を保有、海外では約24.0万haの森林を管理する同社では、持続可能な木材および木材製品の調達を推進するために「住友林業グループ調達方針」や「木材調達アクションプラン」を策定し、生物多様性保全に向けた活動を強化しています。

 

<取り組み例>
サプライチェーンにおけるサステナビリティ調達調査を年1回実施
「経済林」と「保護林」に区分して管理し、生物多様性を保全するエリアでの施業を回避
社有林内に生息する可能性があり、絶滅が危惧される動植物のリスト「レッドデータブック」を作成
「水辺林管理マニュアル」を作成し、多様な生物が生息する水辺での施業を制限
都市緑化事業などにおける「いきもの共生事業所認証(ABINC認証)」の取得推進

 

取り組みの詳細

KDDI株式会社

 

携帯端末や基地局、通信ケーブル、データセンターに関する自然資本への依存と影響を評価し、通信事業が生態系に与える負荷を可視化した上で、特定された優先地域における詳細な現地調査に基づき対策を実行しています。

 

<取り組み例>
「コウノトリと共に生きる」スマート農業プロジェクト
屋久島白谷雲水峡における au 通信のエリア化対策
サンゴやウミガメのなどの自然環境に配慮した海底ケーブルの設置
子ども向け環境教育「KDDI 草木と森のいきもの図鑑」

 

取り組みの詳細

第一生命ホールディングス

 

LEAPアプローチの試行的な取り組みとして、自然関連のリスクが大きいと考えられる「生活必需品」「素材」「公益事業」の3セクターを分析対象とし、投資先のバリューチェーン上のリスクと機会を調査・可視化しています。また、ネイチャーポジティブに貢献するための取り組みも推進しています。

 

<取り組み例>
生物多様性保全を目的としたグリーンボンドへの投資
世界初となる廃プラスチック削減債への投資
「都市の緑3表彰」の特別協賛
「第一生命の森」での植林活動

 

取り組みの詳細

サントリーホールディングス

 

生態系の循環システムである地球環境そのものを大切な経営基盤とみなしている同社では、水源や原料産地などの生態系を守るための取り組みを国内外で積極的に行っています。

 

<取り組み例>
「サントリー天然水の森」における生態系モニタリングによる計画的な管理
「生物多様性のための30by30アライアンス」に参画
スコットランドでの泥炭地および水源保全活動
国内外の鳥類保護活動を資金面から助成する「サントリー世界愛鳥基金」を創設
土壌の生物多様性に貢献する再生農業

 

取り組みの詳細

花王株式会社

 

原材料調達や生産、物流、販売、使用、廃棄など、製品が関わるすべてのサイクルにおける生物多様性への依存と影響を評価し、自然環境の負荷軽減に向けた取り組みを実施しています。
また、持続可能な原材料の調達を最重要課題と捉え、パーム油および紙・パルプの調達ガイドラインを策定しています。

 

<取り組み例>
天然系かつ非可食系の油脂源を利用する技術の開発を推進
グローバル共通の生物多様性評価基準を導入
各工場・事業所における「いきもの共生事業所®認証(ABINC)」の取得
社員や社外関係者と連携した各地の生態系保全活動
生物多様性eラーニングの実施

 

取り組みの詳細

まとめ

 

多くの事業活動は自然資本の恩恵の上に成り立っているため、企業はバリューチェーン全体を通して自然に与える影響を精査し、生物多様性保全の取り組みを推進することが求められています。保全活動はTNFDやSBTs for Natureなどのフレームワークに沿って取り組むことが推奨されていますが、適切に実施するには専門的な知識が必要です。

 

当社では、自然資本に関するコンサルティング実績や専門家としての知見を基に、TNFDやSBTNへの対応をご支援しています。

詳しくはサステナビリティNaviよりお気軽にお問合せください。

 

 

執筆者:霜山竣、中野晴康

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