森林・土地・農業(FLAG)に関するSBT設定のアプローチ

皆さんは、「FLAG」というワードを耳にしたことはありますか?FLAGは森林・土地・農業(Forest, Land and Agriculture)を表す言葉ですが、近年の気候変動に関するグローバルな動向において、非常に重要なセクターとなっています。2023年3月20日に公開された「IPCC第6次評価報告書統合報告書」で言及されているように、農林業や土地利用に関する温室効果ガス(Greenhouse Gas:GHG)排出量は世界の排出量の22%を占めるなど、パリ協定の目標達成に向けて見過ごすことのできない排出源です。このため、これらの活動に伴うGHG排出量の把握や削減が求められています。しかしながら、排出量の算定・報告における国際的な基準であるGHGプロトコルやSBTにおいて、これまで農林業や土地利用に関する排出量の算定手法・削減目標の設定については個別に考慮されていませんでした。
こうした背景から、現在、森林・土地・農業(Forest, Land and Agriculture:FLAG)に関するガイドラインの開発が進められています。Science Based Targtes initiative(SBTi)は、昨年9月に「The Forest, Land and Agriculture Science Based Target Setting Guidance(FLAGガイダンス)」を公開し、FLAG対象セクターの企業に対して、SBTとは別にFLAG-SBTの設定を求めています。GHGプロトコルは、同時期にFLAGに関する排出量および除去量の算定方法を示した「Land Sector and Removals Guidance」のドラフト版を公開しました。最終版は、パイロットテストとレビューを経て2023年中に公開予定となっています。
今回は、SBTiが開発したFLAGガイダンスについて、企業に求められるFLAG-SBTの設定アプローチや、その他フレームワークとの関連を紹介します。

1. SBTi FLAGガイダンスの概要

FLAGガイダンスでは、企業がFLAG-SBTを設定する際の考え方や方法を定めています。対象企業は、SBTとは別途、FLAGガイダンスに沿ってFLAG-SBTを設定する必要があります。

1-1. 対象企業

以下のどちらかの基準に該当する企業は、FLAG-SBTの設定対象になります。

ⅰ)SBTiによる以下の指定セクターに該当する企業(表1参照)

ⅱ)FLAGに関連する排出が、総排出量(Scope1,2,3)の20%以上の企業

 

表1.SBTiによってFLAG-SBTの設定が求められる指定セクター

 

上記基準に該当しない企業においても、事業活動に伴うFLAG排出量がある場合はFLAG-SBTの設定が推奨されており、設定しない場合でも、SBTにFLAG排出量を含める必要があるとされています。中小企業(SMEs)は、FLAG-SBTを設定する必要はありません。

1-2. 算定対象

FLAG-SBTは、FLAG関連の排出量だけでなく、大気中のGHGの除去量も算定・目標設定に含める必要があります。FLAG関連の排出量は、森林から牧草地、泥炭地から農地のように、土地がある形態から別の形態へ変化することによる土地利用変化(Land Use Change:LUC)に伴う排出と、肥料の製造・使用や農業機械の使用などの土地管理による排出(非LUC)に区別されます。森林再生や森林管理方法の改善などによる除去量は、自社のサプライチェーン内におけるFLAGに関する活動による効果のみ算定対象となります。そのため、FLAG-SBTの設定に関するバウンダリ外の活動やBECCS(バイオ燃料CO2回収貯留)等のFLAGセクター外の除去は目標に含めることはできません。また、社有林の保全は、社有林が事業活動に必要な土地であり、バウンダリに含まれている場合のみ対象とすることができます。

 

図1.FLAG-SBTの算定対象

SBTiセミナー資料「SBTi FOREST, LAND AND AGRICULTURE (FLAG) Launch of FLAG guidance and tool」を基に弊社加筆・修正

 

1-3. FLAG-SBTの目標設定

(1) 排出量カバー率

FLAG-SBTでは、Scope1およびScope2におけるFLAG関連排出量の少なくとも95%をカバーする必要があります。また、Scope3排出量については67%以上を目標に含めなければなりません。

 

(2) 目標設定の種類

目標設定は、主に需要側企業向けのセクター別アプローチ(総量目標)と供給者側企業向けのコモディティ別アプローチ(原単位目標)の2種類から選択することができます。

FLAG-SBTの短期目標の値は、FLAG関連の排出量および除去量を算定後、SBTiが2022年9月に公開している「Forest, land and agriculture target-setting tool(Excel)」に必要な情報を入力することで設定できます。

 

図2.FLAG-SBTの種類

CDPセミナー資料「SBTi FLAGセクターガイダンス・目標設定の動向」

 

(3) 目標設定の要件

目標設定の要件は、FLAGガイドラインにおいて以下のように言及されています。

  • 基準年

目標設定ツールの現行バージョンでは、2015年(セクターアプローチの場合は2018年)以降の年を選択することができます。企業は、自社の事業活動を代表する年を選択することが推奨されています。

  • 目標年

FLAG-SBTの短期目標年は、提出日から5~10年間の範囲を選択できます。また、可能であればSBTと同じ目標年とすることが推奨されています。

  • 報告

企業は、排出量と除去量を合わせたFLAG-SBTを設定します。ただし、検証プロセスにおいては、基準年および報告年ともに排出量と除去量を別々に報告します。

 

(4) 森林破壊ゼロへのコミットメント

FLAG-SBTを設定する企業は、全ての排出範囲において遅くとも2025年12月31日までに森林破壊を行わない旨を公的に公表することが求められます。コミットメントの内容は、SBTiのWEBサイトにて以下のように掲載される予定となっています。

 

“[Company X] commits to no deforestation across its primary deforestation-linked commodities, with a target date of [no later than December 31, 2025].”

 

なお、SBTiはコミットメントの内容をアカウンタビリティ・フレームワーク・イニシアチブ(Afi)のガイダンスに合わせることを推奨しています。

2. その他フレームワークとの関連

2023年3月、SBTの申請時に提出する「SBTi-Target-Submission-Form」の内容が改定され、FLAGに関する排出量の算定および目標設定の状況を説明する回答欄が新設されました。2023年4月以降にSBTを申請する企業は、FLAG対象企業に該当する場合、FLAG-SBTを設定していることがSBT認定条件の1つになっています*。既にSBT認定済みの企業は、次回の目標再計算時にFLAG排出量を分離し、別途、FLAG-SBTを新規に設定する必要があります。

*GHGプロトコル「Land Sector and Removals Guidance」最終版が当初予定の2023年4月に完成する前提で公開されたスケジュールに基づく

 

【2023年5月12日更新】

SBTiは、5月1日からFLAG-SBTの設定をSBT認定条件として義務化すること(FLAG対象企業に該当する場合)を発表しました。5月1日以降、旧フォーマットでの申請は受理されません。

 

また、環境に焦点を当てた情報開示システムを運営するCDP(Carbon Disclosure Project)では、2023年の企業向け気候変動質問書において、土地利用に関する排出削減目標の設定状況を問う内容が新たに追加されました。こうした動きから、農林業や土地利用に関する排出量削減に対する企業の取組みは、今後より一層、重要視されるであろうことが想定されます。

3. さいごに

FLAG-SBTの設定に向けて、FLAG関連の排出量および除去量の算定方法を取りまとめたGHGプロトコル「Land Sector and Removals Guidance」の最終版が2023年中に公開される予定です。現在のドラフト版では、排出量および除去量の算定には一次データの使用が推奨されており、最も高いトレーサビリティのレベルとして、原材料生産地の畑や森林に関する一次データの収集が挙げられています。今後、事業活動に伴うFLAG関連排出量を効果的に削減していくためにも、現在の事業活動をできるだけ正確に排出量の算定に反映させることが重要です。現時点のGHGプロトコルドラフト版を基に、トレーサビリティの確保やFLAG-SBTの設定に必要な情報収集等の取組みを進めていくことが必要になると考えられます。

 

※現時点での当社の見解であり、情報の正確性や完全性を保証するものではありません。また、内容はFLAGガイドラインの更新やGHGプロトコル最終版の公開によって変更される可能性があります。

 

執筆者:柳沢 早紀

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