
SBTi-FLAG目標とは? 日本企業の認定事例も紹介!
FLAGという言葉を耳にしたことはありますか? FLAGは「森林・土地・農業(Forest, Land and Agriculture)」を指す、近年の気候変動に関するグローバルな動向において非常に重要なセクターです。
「IPCC第6次評価報告書統合報告書」(2023年)で言及されているように、農林業や土地利用に関する温室効果ガス(Greenhouse Gas:GHG)排出量は世界全体の22%を占めています。そのため、FLAGはパリ協定の目標達成に向け、見過ごせない排出源なのです。
こうした背景から、FLAGに関するガイドラインの開発が進んでいます。SBTi(Science Based Targets initiative)は2022年、「SBTi-FLAGガイダンス」(The Forest, Land and Agriculture Science Based Target Setting Guidance)を公開し、FLAG対象セクターの企業に対してSBTとは別個の目標設定を求めています。同年にGHGプロトコルも、FLAGに関するGHG排出量および除去量の算定方法を示す「土地セクター・炭素除去ガイダンス」(Land Sector and Removals Guidance)のドラフト版を公開しました(最終版は2025年中に公開予定)。
このような状況にもかかわらず、 SBTi-FLAG認証を取得した日本企業は2025年6月時点で9社と、認証取得に向けた動きは活発とはいえません。その背景としては、ガイダンスの内容が複雑であることや、取り組み事例が少ないことなどが挙げられます。
そこでこの記事では、SBTi-FLAGの目標について、企業に求められる設定アプローチや、ほかのフレームワークとの関連を解説します。すでにSBTi-FLAG認定を取得された企業さまの取り組み事例も紹介するので、SBTi-FLAG認証の取得に興味のある方にとってお役に立てば幸いです。
SBTi-FLAGの概要
FLAGセクターとは
FLAGセクターとは、森林・土地・農業の分野です。科学界では農業・林業・その他(AFOLU)のセクターを指します。
図1に示すように、AFOLUセクターは全世界におけるGHG排出量の20%以上を占めています。それにもかかわらず、企業のGHG排出量算定においてFLAGセクターは考慮されていませんでした。人口増加に伴う食料の需要増加に対応するため、農業生産が50%増加すると予想されていることから、FLAGに関する取り組みは急務とされています。

「SHINING A LIGHT ON THE FLAG TARGET-SETTING PROCESS」(SBTi)より抜粋
WWFによると、FLAGセクターからのGHG排出量の45%は、森林減少が原因です。生態系回復や植林に取り組むよりも、森林減少・生態系破壊を止めるほうが、削減ポテンシャルが高いうえにコストが低いため、まずは森林減少を止めることが重要とされています。
FLAGに関する2つのガイダンス
FLAGに関しては、FLAGセクターのGHG排出量削減を目指すガイダンスが2つ策定されています。

SBTi-FLAGガイダンス
「SBTi-FLAGガイダンス」は、パリ協定の「1.5度目標」に沿うよう、FLAGセクターのGHG排出削減について目標を設定するための案内書です。2022年に初版が公開され、2025年9月現在はバージョン1.1(2023年発行)が使用されています。
土地セクター・炭素除去ガイダンス
GHGプロトコルによる「土地セクター・炭素除去ガイダンス」は、GHG排出量を算定する際のルールを定める文書です。2025年9月現在では草案が公開されており、最終版は2025年中の発行が予定されています。
SBTとSBTi-FLAGの違い
SBT
SBT(Science Based Targets)とは、パリ協定が求める水準と整合した、企業が設定するエネルギー/産業(Energy & Industry)セクター由来のGHG削減目標です。産業革命前と比べた世界の気温上昇について、Scope1,2では1.5 度、Scope3では2.0 度を十分に下回る目標が必要とされています。
SBTi-FLAG
SBTi-FLAGは、FLAG由来のGHG排出に適用される、科学的根拠に基づいた目標を定める際のガイダンスです。FLAG目標は、SBTと別個で設定します。FLAG目標はSBTから独立しているため、FLAGセクターでの排出削減量をエネルギー/産業セクターでの削減量に振り替えることはできません。
SBTi-FLAGの認定に向けて
SBTi-FLAGの認定を取得するには、以下の2つが求められます。
- FLAGセクターに由来するGHG排出量の削減目標を立てる
- 2025年12月31日までの森林減少ゼロにコミットメントする
ただし、SBTi-FLAGの認定には、以下のような課題があります。
- 土地セクター・炭素除去ガイダンスが草案段階に留まり、算定方法や原単位のデータベースが確立していない
- 対象企業の多くは調達側であり、生産拠点までのトレーサビリティ確保が困難なため、排出量削減につながる取り組みをイメージしにくい
- 森林減少ゼロの根拠を示すことが困難である

ほかのイニシアティブとの関連性
CDPとの関連性
CDPの気候変動モジュールで「Aリスト」に選定されるような高いスコアを獲得するには、SBTの設定が実質的な必須要件です。さらに、特定のセクターに属する企業や、FLAG関連排出量が総排出量の20%を超える企業は、FLAG目標の設定も必須とされます。このような企業が気候変動モジュールで高い評価を得るには、SBTi-FLAGの認定を受けることが重要な戦略といえるでしょう。
また、CDPの森林モジュールでは、FLAG目標に含まれる「森林減少ゼロへのコミットメント」に加え、具体的な達成期限、調達方針への組み込みなどの開示も求められます。
TCFD・TNFDとの関連性
TCFDおよびTNFDについて、企業は自然に関する重要な依存・影響・リスク・機会を評価・管理するための指標と目標を開示することが求められます。FLAG目標は科学的根拠に基づいた具体的な目標であるため、TCFD・TNFD開示での活用が可能です。SBTi-FLAGの認定は目標の信頼性を担保してくれるので、TCFD・TNFD開示の質を向上させるといえるでしょう。
例えば、TCFD開示に際して企業が分析した結果、気候変動の財務的な影響を低減するためにGHG排出量の削減が必要だと判断することがあります。その場合、FLAGセクターの企業は、科学的根拠に基づいた削減目標を設定し、SBTi-FLAG認定を受けることが有効だと考えられます。
TNFD開示であれば、製紙・パルプ業の企業が「森林減少リスクへの対応」について開示する場合、SBTi-FLAGとの連携がよりよい開示につながります。例えば、以下のようにすることでFLAG目標の「森林減少ゼロのコミットメント」と整合するため、目標の達成状況や管理体制を具体的に報告できるでしょう。
| 指標 | 森林認証材の調達比率 |
| 目標 | パルプ・紙製品の原料となる木材チップの100%を植林材、森林認証材、または第三者検証済みの木材 |

SBTi-FLAGガイダンスの概要
SBTi-FLAGガイダンスは、SBTiが作成した、FLAG目標を設定する際の考え方や方法を定める文書です。対象企業は、SBTとは別途、SBTi-FLAGガイダンスに沿ってFLAG目標を設定する必要があります。
対象企業
以下のどちらかの基準に該当する企業は、FLAG目標の設定対象です。
- 表1の指定セクターに当てはまる業種である
- FLAG関連の排出量が総排出量(Scope1,2,3)の20%以上である
| SBTiの指定セクター |
|---|
| 森林・紙製品(林業,木材,紙・パルプ,ゴム) |
| 食品製造(農業生産) |
| 食品製造(動物原料) |
| 食品・飲料の加工 |
| 食品・生活必需品の小売業 |
| タバコ |
表 1 SBTiによってFLAG目標の設定が求められる指定セクター
上記の基準に該当しない企業も、事業活動に伴うFLAGからの排出がある場合はFLAG目標の設定が推奨されており、設定しない場合もSBTにFLAG排出量を含める必要があるとされています。中小企業(SMEs)は、FLAG目標を設定する必要はありません。
算定対象
FLAG目標の設定にあたり、関連するGHG排出量は以下の2つに大別されます。
- 森林→牧草地、泥炭地→農地のように、土地が別の形態へ変化することによる「土地利用変化」(Land Use Change: LUC)に伴う排出
- 肥料の製造・使用や農業機械の使用といった「土地管理」(非LUC)による排出
FLAG関連の排出量だけでなく、GHG除去量も算定・目標設定に含めることが必要です。

「SBTi FOREST, LAND AND AGRICULTURE (FLAG) Launch of FLAG guidance and tool」(SBTi)をもとに当社作成
森林再生や森林管理方法の改善などによる除去量は、自社のサプライチェーン内における、FLAG関連の活動による効果のみ算定対象となります。このため、バウンダリ外の活動や、BECCS(バイオ燃料CO2回収貯留)といったFLAGセクター外の除去を目標に含めることはできません。社有林の保全は、社有林が事業活動に必要な土地であり、バウンダリに含まれている場合のみ対象になります。
SBTi-FLAGの目標設定
排出量カバー率
SBTi-FLAGの目標設定では、Scope1およびScope2におけるFLAG関連排出量の少なくとも95%をカバーする必要があります。また、Scope3での排出量については67%以上を目標に含めなければなりません。
目標設定の種類
目標設定は、主に2種類から選択できます。
- 需要家企業向けのセクター別アプローチ(総量目標)
- 供給者側企業向けのコモディティ別アプローチ(原単位目標)

「SBTi FLAGセクター ガイダンス・目標設定の動向」(CDP)より抜粋
SBTi-FLAGの短期目標の値は、FLAG関連の排出量および除去量を算定後、SBTiが公開している「Forest, land and agriculture target-setting tool」(Excel)に必要な情報を入力することで設定できます。
目標設定の要件
目標設定の要件は、SBTi-FLAGガイドラインにおいて以下のように言及されています。
- 基準年
目標設定ツールの現行バージョンでは、2015年(セクターアプローチの場合は2018年)以降の年を選択でき、自社の事業活動を代表する年を選択することが推奨されています。 - 目標年
SBTi-FLAGの短期目標年は、提出日から5~10年の範囲を選択でき、SBTと同じ目標年が推奨されています。 - 目標の区分
目標設定の際は、GHG排出量と除去量を分けて報告します。 - 目標の更新
SBTと同様、基本的に更新は5年ごとですが、企業活動に大きな変更があった場合は都度の更新が推奨されています。
目標設定までのスケジュール
SBTi-FLAGの認定が必要な企業のうち、通常のSBT認定のない企業は、2023年5月からFLAG目標の設定が必須になりました。通常のSBTが認定されている企業は、「土地セクター・炭素除去ガイダンス」最終版の発行後6カ月以内にFLAG目標を追加する必要があります。

森林減少ゼロへのコミットメント
FLAG目標を設定する企業は、すべての排出範囲において、遅くとも2025年12月31日までに森林減少を行わない旨を公的に表明することが求められます。森林減少によって、樹木だけでなく土壌が蓄えた炭素も排出されるため、GHGの排出は森林減少発生時から20年間続く計算です。森林減少が2030年に起きた場合、2050年まで排出が続くことになるので、2050年ネットゼロ目標を持った企業の場合は達成が難しくなります。そのため、主要な森林コモディティに関しては、遅くとも2025年中に森林減少ゼロとする必要があると考えられているのです。

「FOREST, LAND AND AGRICULTURE SCIENCE-BASED TARGET-SETTING GUIDANCE」(SBTi)より抜粋
企業によるコミットメントは、SBTiのWebサイト上で以下のように掲載される予定です。
[Company X] commits to no deforestation across its primary deforestation-linked commodities, with a target date of [no later than December 31, 2025].
コミットメントの内容は、アカウンタビリティ・フレームワーク・イニシアチブ(Afi)のガイダンスに合わせることが推奨されています。
SBTとの関連
2023年3月、SBT申請時に提出する「SBTi-Target-Submission-Form」が改定され、FLAG排出量の算定および目標設定の状況を回答する欄が新設されました。同年5月以降にFLAG対象企業がSBTを申請する場合、FLAG目標を設定していることがSBT認定条件の1つになっています。すでにSBTが認定されている企業は、次回の目標計算時にFLAG排出量を分離し、FLAG目標を新規に設定する必要があります。

SBTi-FLAGに関する最新動向
SBTi-FLAG認定取得企業(2025年9月18日時点)
2025年9月18日時点で、SBTi-FLAG認定取得企業は338社(短期目標のみを含む)です。そのうち、長期目標を設定しネットゼロ認定を取得したのは197社。セクター別では、農業生産企業よりも需要家企業の取得が多く、Scope3のみの目標設定企業が大半です。
地域別に見ると、日本企業は13社(うち1社は木材セクターのため、森林減少防止に関するコミットメントのみ)で全体のおよそ3%と少ないですが、今後はSBT認定と同様に増加すると考えられます。
| 種類 | 社数 |
|---|---|
| FLAG認定取得企業 | 338社 |
| FLAGネットゼロ認定取得企業 | 197社 |
| FLAG認定取得日本企業 | 13社 |
表 2 SBTi-FLAG認定取得企業数(2025年9月18日時点)
国内のSBTi-FLAG認定取得企業
2025年9月18日時点で、国内のSBTi-FLAG認定取得企業は、表3に示したとおり13社あります。
| No. | 会社名(五十音順) | SBTi-FLAG認定取得日(SBTi Webサイト上の掲載日) |
|---|---|---|
| 1 | サッポロホールディングス株式会社 | 2024年4月11日 |
| 2 | スターゼン株式会社 | 2024年6月6日 |
| 3 | アサヒグループホールディングス株式会社 | 2024年7月18日 |
| 4 | 住友林業株式会社 | 2024年12月5日 |
| 5 | 日清食品ホールディングス株式会社 | 2024年12月12日 |
| 6 | 味の素株式会社 | 2025年1月9日 |
| 7 | フジパングループ本社株式会社 | 2025年1月9日 |
| 8 | 株式会社すかいらーくホールディングス | 2025年5月22日 |
| 9 | 加藤化学株式会社 | 2025年6月12日 |
| 10 | サントリー食品インターナショナル株式会社 | 2025年7月17日 |
| 11 | カゴメ株式会社 | 2025年7月31日 |
| 12 | 明治ホールディングス株式会社 | 2025年7月31日 |
| 13 | サントリーグループ | 2025年8月14日 |
表 3 国内のSBTi-FLAG認定取得企業(2025年9月18日時点)
SBTi Webサイト「Target Dashboard」より当社作成

事例紹介:フジパングループ本社株式会社
フジパングループ本社株式会社は2023年10月、製パン業界で初めてSBT認定を取得し、2025年1月にSBTi-FLAG認定を取得しています。SBTi-FLAG認定取得に向けた調達原料の整理・算定から申請まで、当社が一貫して支援しました。
目標
SBT目標
- 2030年までにScope1,2で42%削減 、Scope3で25%削減(いずれも2021年比)
SBTi-FLAG目標
- 2025年までに森林関連減少に関連する主要商品で森林減少ゼロ
- 2030年までにScope3のFLAG排出量を30.3%削減(2021年比)
| 範囲 | 目標 | 目標年 | 基準年 |
|---|---|---|---|
| Scope1,2 | 42%削減 | 2030 | 2021 |
| Scope3 | 25%削減 | ||
| FLAG Scope3 | 30.3%削減 |
表 4 フジパングループのGHG排出削減目標
SBTi Webサイト「Target Dashboard」より当社作成
環境戦略との関連性や目標達成のための取り組み
フジパングループは、環境戦略として「食を通じた持続可能な社会の実現」を掲げており、「資源の有効活用」「省エネ」「地球にやさしい調達」の3つに取り組んでいます。FLAG認定の取得は、森林減少をゼロにしGHG排出量を削減する取り組みであるため、「省エネ」や「地球にやさしい調達」に当てはまると考えられます。
事例紹介:サッポロホールディングス株式会社
目標
サッポロホールディングス株式会社は2024年、FLAG関連の温室効果ガス排出削減目標について、国内で初めてSBT認定を取得しました(表 5)。同社は、「グループ全体で省エネルギーを徹底するとともに太陽光発電設備などの再生可能エネルギー導入拡大を進め、また原料農産物の農業における温室効果ガス排出削減においてもサプライヤーと協働して取り組んでいきます」とリリースしています。
| 範囲 | 目標 | 目標年 | 基準年 |
|---|---|---|---|
| Scope1,2 | 42%削減 | 2030 | 2022 |
| Scope3 | 25%削減 | ||
| FLAG Scope1,3 | 31%削減 |
表 5 サッポロホールディングス株式会社のGHG排出削減目標
SBTi Webサイト「Target Dashboard」より当社作成
TCFD・TNFDとの関連性
サッポロホールディングス株式会社は、TCFD・TNFDを統合した分析アプローチにより、気候・自然への依存・影響を分析しています。移行リスクとしては「温室効果ガス排出削減目標への対応による、FLAG関連排出の削減に必要なコストの増加」が、物理リスクとしては「温暖化・異常気象による原料農作物の品質低下や収量減」が挙げられました。
これらのリスクを踏まえ今後注力する取り組みとして、同社は中長期のGHG排出削減目標を設定しており、バリューチェーンに関する目標(scope3、FLAG scope1,3)も含んでいます。このように、TCFD・TNFDを統合した分析アプローチでリスクを分析し、SBTi-FLAG目標を踏まえた目標を作成することで、信頼性・実効性の高い環境関連の取り組みが可能になると考えられます。
さいごに
2025年10月現在、FLAG関連の排出量・除去量の算定方法をまとめた「土地セクター・炭素除去ガイダンス」の最終版は公開されていません。現行のドラフト版だと、算定には一次データの使用が推奨されており、もっとも高いトレーサビリティのレベルとして、原材料生産地の畑や森林に関する一次データの収集が挙げられています。
FLAG関連の排出量を効果的に削減していくには、できるだけ正確に、事業活動を排出量算定に反映させることが重要です。ドラフト版を参考に、トレーサビリティの確保や情報収集を進めることが必要だと考えられます。また10月7日、FLAG基準の緊急更新に関する内容がSBTiより発表されました。パブリックコメントを経て2026年第1四半期以降に公表される予定ですので、申請の際にはご注意ください。
※現時点での当社の見解であり、情報の正確性や完全性を保証するものではありません。また、内容はFLAGガイドラインの更新やGHGプロトコル最終版の公開によって変更される可能性があります。
執筆者:本田・谷口
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