0から始める水リスクマネジメント

概要

2015年のSDGsが採択・パリ協定合意、2017年のTCFD発足、そして2022年には自然資本を対象としたTNFDの開示が開始されるなど世の中のサステナビリティへの関心はますます高まってきています。また、近年、気候変動に伴う災害が顕在化し始めており、グローバルで気候変動や気候変動関連のイニシアチブが設けられています。企業の情報開示に関するイニチアチブとして、先に挙げたTCFDやGRIスタンダード、IR(Integrated Reporting)などがあり、これらは投資家に対して、企業情報の公開が必要不可欠であることを示しています。

また、気候変動と自然は密接に関係しています。今後TNFDやSBTNといった枠組みが注目されていることからも、企業は気候変動に対する取り組みだけでなく、生物多様性や水などの自然資本とどのように向き合っていくのかを開示する必要性が高まっています。

この中でも、水は企業が製造を行う上で必要不可欠な資源です。そのため、水資源の枯渇や水質の悪化などが生じた場合には、企業の操業に大きな影響を与えます。このように水が企業の操業に与える不確実性のことを水リスクと言います。

水リスクには、水資源リスクや洪水リスクなど様々な種類があり、地域により潜在している水リスクは異なります。これにより、水リスクの実態は測りづらく、企業としても水リスクへの取り組み(水リスクマネジメント)が後回しになりやすい状況があります。そのため、今回は水リスク、および水リスクマネジメントのポイントについて、基本的なところからご紹介し、読者様の取り組みの第一歩を後押しできればと考えております。

SDGsのウェディングケーキモデル

下図は環境学者ヨハン・ロックストローム氏と環境経済学者パヴァン・スクデフ氏によるSDGsのウェディングケーキモデルで、SDGsの17個の目標の関係性を示しています。このモデルは、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」をケーキの頂点として、「経済」に関する目標、「社会」に関する目標、「環境」に関する目標の3層構造となっています。

これは、最上部の「経済」の発展は、その下部の生活や教育などの社会条件によって成り立ち、この「社会」は最下層の「環境」によって支えられていることを表しています。つまり、企業の経済活動は、社会や環境の上に成り立っていることを表現しているのです。現在、経済や社会の課題が我々の生活に直接的なインパクトをもたらしていますが、その要因は社会や経済を下支えしている環境が危機に瀕しているからとも言えるでしょう。

 

SDGsのウェディングケーキモデル
出典:2016年「EAT Food Forum」で、環境学者ヨハン・ロックストローム氏と環境経済学者パヴァン・スクデフ氏により発表されたモデル

気候変動とその影響

下図は、2019年にIPCC(気候変動に関する科学的知見を評価する国連組織)により発表された世界平均気温の変化を表しています。世界平均気温は2017年に産業革命前のレベルを約1℃上回り、このペースで進行すると2040年には1.5℃に達すると報告されています。同報告書では、この気候変動により、永久凍土の融解や洪水、干ばつの発生、生態系への影響や食料生産等への経済への影響など、世界各国で様々な影響が生じると予測されています。つまり、今後SDGsのウェディングケーキモデルでいう環境が更に悪化することが自明となっており、ケーキのバランスが崩れる事になります。

 

気候変動による世界平均気温の変化
出典:IPCC,SR1.5 FAQ1.2

なぜ水リスクなのか

企業のサステナビリティには、気候変動、水、生物多様性、労働安全衛生や腐敗防止などさまざまなテーマがありますが、水は企業活動に無くてはならない資源であること、また産業だけでなく人間にとって必要不可欠な資源であり、産業、生活、農業などの水管理が十分に出来ていない地域もあることから、水は極めて重要な課題の一つです。また、水リスクは、気候変動が進行することでより発現することが多く、気候変動への対策としても水リスクの把握や対策は非常に重要です。このため、企業の環境開示情報の評価指標の一つであるCDPにおいても、水は気候変動に続き、プログラムとして開始され、年々回答企業が増加しています。

水リスクの顕在化により、企業活動には様々な影響が生じますが、その要因は極めて複雑です。気候変動や、人口増加など、自然環境や社会環境の変化は、水の利用可能水量の制限、取排水規制の強化、サプライチェーンの寸断等を引き起こす可能性があり、企業活動にも操業、財務、規制、風評など直接的または間接的に影響を与える恐れがあります。そのため、企業はこの水リスクを適切にマネジメントしながら、持続的な操業を実現していく必要があります。

 

水リスクと企業の操業の関係性

 

水リスク顕在化の事例として、日本では、洪水により工場の取水施設等のインフラやサプライヤーが被災し工場の操業が停止するなどの被害が挙げられます。また、海外では、工場の過剰取水による水資源の枯渇や、水不足に起因する紛争とそれによる工場の閉鎖などが例として挙げられます。

水リスクに向き合う際のポイント

ここからは、上記のような特性をもつ水リスクに対するマネジメントにおけるポイントをお示しします。

下図に示しているのは、私たちが考える水リスクマネジメントのフローです。このマネジメントフローは、水目標設定のためのガイドラインであるCBWT(Context-Based Water Target)やSEWT(Setting Enterprise Water Targets)で示されている検討フローに準じています。このフローでは、まずはじめに企業の水課題を特定し(Phase1)、特定された水課題に対して目標を設定します(Phase2)。そして、現状と目標のギャップを埋めるための対策実施に移っていきます(Phase3)。

 

水リスクマネジメントのフロー図

 

Phase1 水課題の特定

Phase1でのポイントは、拠点が位置する流域で注意すべきリスクは何かを理解することと、リスクが発生した際の事業への影響(または環境への影響)を理解し、水課題を特定することです。以下図は、CBWTのガイドラインの中に示されている水課題特定のための考え方を示した図です。縦軸は拠点流域のリスクを示し、横軸はリスク発生時の影響を示しております。図中右上の赤い領域にプロットされるリスクが対応を優先すべき水課題となります。

拠点流域の水リスクは、拠点が立地する流域の気象条件や地形・地質などの環境条件、自治体の管理体制、規制の策定状況などの社会条件により、その種類と程度が異なってきます。また、リスクが顕在化した際の事業への影響(または環境への影響)は、拠点の生産物や、水源種別、排水先などにより大きく異なります。

 

水課題の特定のイメージ
出典:Setting Site Water Targets Informed By Catchment Context: A Guide For Companies(CEO Water Mandate, CDP, WRI, WWFら、2019)の図に加筆

 

Phase2 目標設定

目標設定を行う上で重要なポイントは、流域の自然的・社会的な特徴を踏まえ、注意すべき水課題に対する「目標設定」を行うことです。WWFは企業の水目標の方向性として、地域の状況に応じた、科学的な根拠に基づく目標・アクションに移行していく必要があることを明言しています。下図において、一番上のNon-contextualターゲットと呼ばれるものは、一般に企業の上位方針に基づいて目標を設定している状態です。例えば、全社で一律何%の取水量を削減するなどです。今求められている方向性は、Contextualな目標を設定することです。Contextualな目標とは、「適切な場所で」「適切なことがら」に対して目標設定を行うという観点が加わることになります。ですので、「Phase1 水課題の特定」により把握された、各拠点における対応すべきリスクに着目して目標を設定することが重要と考えております。

 

目標設定の考え方 -Context-Based Water Target-
出典:WWF HPの図に加筆 

 

Phase3 対策実施

対策実施では、Phase2により設定された目標を達成するための取り組みが必要となります。SBTN(Sienced Based Tatgets for Nature)という自然資本に関する企業の目標設定の考え方を示したイニシアチブでは、企業が取り組むべきアクションの方向性を「回避(影響が生じないよう完全に排除)」「軽減(影響を最小化)」「復元・再生(自然資本を回復・再生)」の順に検討し、これらと同時に「変革(ビジネスモデル全体の変換)」に取り組むべきとしています。これは水リスクにも当てはまり、「回避」は事業拠点の移転や、サプライヤーの変更などによる水リスクの回避を、「軽減」は水ストレス低減のための取水量削減や排水水質の改善・排水量削減による環境影響の低減などを指すものと捉えることができます。また、「復元・再生」は、ステークホルダーを巻き込んだ水資源の保全活動などを指し、「変革」は、水を多量に消費して利益を生み出すビジネスモデルから、水消費の少ないビジネスモデルに変革することなどと捉えることができます。つまり、Phase3では、Phase2により設定した目標に対し、自然資本を考慮したビジネスモデルへの「変革」を行いながら、リスクの「回避」や「削減」に取り組んだ上で、「復元・再生」への取り組みを行うことが推奨されています。

SBTNについては、2020年の初期ガイダンスの公表から、2022年末の次期ガイダンス公表に向け、より詳細な情報が公表されていく予定です。弊社でも、インサイトの中で皆様に最新の情報をお届けいたしますので、是非今後もチェックいただけますと幸いです。

 

アクションのフレームワーク ーScienced Based Targets for Natureー
出典:自然に関する科学に基づく目標設定(自然SBTs: SBTs for Nature)企業のための初期ガイダンス エグゼクティブサマリー(日本語訳)、2020年9月を元に弊社作成

まとめ

  • 気候変動等による環境への影響が世界全体の重要な課題になっているのは、社会や経済を下支えしている環境が危機に瀕しているため
  • サステナビリティには、気候変動、水、生物多様性、労働安全衛生や腐敗防止などさまざまなテーマがあるが、その中でも水リスクは非常に重要な課題の一つ
  • 水リスクマネジメントは、拠点が立地する流域の水リスクを理解し、そのリスクが、発生したときの事業への影響を把握した上で、「適切な場所」で「適切な事柄に対して」目標設定することが重要
  • 対策実施について、SBTNでは「回避(影響が生じないよう完全に排除)」「軽減(影響を最小化)」「復元・再生(自然資本を回復・再生)」の順に検討し、これらと同時に「変革(ビジネスモデル全体の変換)」に取り組むべきとされている

 

執筆者:杉村 陸

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