TCFDが求めるシナリオ分析とは|やり方とポイントをわかりやすく解説

はじめに
TCFD提言において、企業に対応が求められているシナリオ分析。気候変動関連の情報開示にあたってシナリオ分析は欠かせないプロセスですが、「何を分析するの?」「やり方が分からない」といった声も聞かれます。
この記事では、TCFDが求めるシナリオ分析の概要と手順、シナリオ分析を円滑に進めるポイントを見ていきます。

TCFDのシナリオ分析とは?

2017年6月に公表されたTCFD※の最終報告書(TCFD提言)を機に、企業による気候変動関連のリスク・機会の把握および情報開示が推進されています。TCFD提言では経営の中核要素である「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4項目に関する情報開示を求めており、そのうち「戦略」を分析する手法としてシナリオ分析を実施することを推奨しています。

 

※TCFDについて

Task force on Climate-related Financial Disclosuresの略称。G20の要請を受け、金融安定理事会(FSB)により2015年に設立された気候関連財務情報の開示を促すタスクフォースを指す。なお、TCFDは2023年10月にその責務を果たしたとして解散したが、今後の役割はIFRS財団に引き継ぎ、傘下のISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が開示基準の策定を進める。本記事では、TCFD提言を基本に十分に整合するものとして記述を進める。

 

TCFDで求められる開示内容

引用:環境省 TCFDを活用した経営戦略立案のススメ ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド 2021年度版

 

TCFD提言が求めるシナリオ分析とは、将来の気候変動(気温上昇)が企業にどのような影響をもたらすのかを予測し、対応策や戦略を策定する手法です。具体的に「2度上昇」「4度上昇」など気候変動のシナリオを複数設定し、それぞれに対して将来起こりうるリスクや機会を分析・評価していきます。なお、「2度上昇シナリオ」および「4度上昇シナリオ」は21世紀末(2081-2100年)までの期間が想定されています。

シナリオ分析が求められる業種

 

気候変動は少なからずすべての企業に影響が及ぶため、シナリオ分析は業種や企業規模に関わらず対応が求められています。なかでも気候変動の影響を受けやすい領域として、TCFD提言は下記4セクターを挙げています。

  • エネルギー :石油・ガス、石炭、電力
  • 運輸    :空運、海運、陸運、自動車
  • 素材・建築物:金属・鉱業、化学、建築資材、資本財、不動産管理・開発
  • 農業・食料・林業製品:飲料、食品、農業、製紙・林業

 

これらに該当する企業の戦略や取り組みについては、TCFDが言及しているため投資家から特に高い関心が寄せられることが予想されます。

シナリオ分析を行う意義

 

気候変動の問題は、企業にとって長期的かつ不確実性の高い課題です。TCFD提言の指針に沿ってシナリオ分析を行うことで、予見が難しい将来の状況に対して、中長期的な観点で適切な戦略を見極められるようになります。また、複数のシナリオを想定した柔軟性の高い戦略設計により、自社の持続可能性やレジリエンスの高さを対外的に示すことができます。

 

(出典)
環境省|戦略(シナリオ分析)

シナリオ分析の6つの手順

シナリオ分析はどのように進めるのでしょうか。

 

本章では、環境省が公表しているガイドライン「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ」をもとに、6つのステップに分けて説明します。

 

ステップ①事前準備

 

まず事前準備として、シナリオ分析の対象範囲や時間軸を設定します。具体的に何を設定するのかを以下にまとめました。

 

  • 対象範囲の設定

シナリオ分析の対象とする地域や事業などを決める。

 

<例>

地域:「国内拠点のみ」「海外拠点も含める」など

事業:「特定の事業のみ」または「全事業」

組織:「国内グループのみ」「連結子会社も含める」など

 

対象範囲の検討は、売上構成や気候変動との関連性、データ収集の難易度を軸に行うことが推奨されている。

 

  • 時間軸の設定

何年後の世界を見据えたシナリオ分析なのかを、自社の事業計画や参照可能なデータの量などを考慮して設定する。

自社が定義する「短期・中期・長期」の期間に沿って決めるケースや、2030年と2050年の世界を想定するケースが多い。

 

ステップ②リスク重要度の評価

 

事前準備が整ったら、気候変動に伴うリスクと機会について検討し、自社にとっての重要度を評価します。進め方は以下のとおりです。

  • 対象事業に関するリスク・機会の項目を列挙する
  • 列挙した項目について、どのような事業上のインパクトが想定されるかを定性的に表現する
  • リスク・機会が現実化した場合の事業インパクトの大きさを基準に、リスク重要度を決める

 

リスク重要度を評価することで、優先的に取り組むべき内容が明確になります。

 

なお、TCFD提言は低炭素経済に移行することによって考えられる「移行リスク」として政策法規制リスク・技術リスク・市場リスク・評判リスクの4リスクに、気候変動によって地球環境が変化することによる「物理リスク」として急性リスク(主に異常気象)・慢性リスク(主に地球温暖化)にそれぞれ分類して整理しています。

 

気候関連リスクの説明

 

気候関連機会の説明

引用:環境省「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド 2021年度版~」

ステップ③シナリオ群の定義

 

次に、将来の気温上昇を想定したシナリオを検討します。TCFD提言では、2度以下の温度帯を含めた複数のシナリオを設定することが求められており、「1.5度上昇シナリオ」「2度上昇シナリオ」「4度上昇シナリオ」などが挙げられます。

 

実施手順は以下のとおりです。

  • 複数のシナリオを選択する
  • リスク・機会項目に関連する客観的な将来情報(パラメータ)を入手し、自社に対する影響を明確にする
  • ステークホルダーの動向を含む、各シナリオにおける世界観を整理する

ステップ④事業インパクトの評価

 

設定した各シナリオが、自社の事業や財務に対してどのような影響を与えるのかを定量的に試算します。以下のような手順で進めます。

  • リスク・機会が、損益計算書や財務諸表のどの財務項目に影響を及ぼすかを整理する
  • 算定式を検討し、内部情報を踏まえて財務上の影響を試算する
  • 試算結果と現状の財務項目とのギャップを把握する

 

気候変動に伴うリスクに対して対策をした場合と、対策をしなかった場合のインパクトの差を可視化することが重要です。

 

ステップ⑤対応策の定義

 

リスクと機会に関する定性的・定量的な分析結果をもとに、具体的な対応策を検討します。
対応策としては「再生可能エネルギーの導入」「サプライチェーンの見直し」「脱炭素商品の研究開発への投資」などが挙げられます。

 

実施手順は以下のとおりです。

  • 自社のリスク・機会に関する対応状況を把握する
  • リスク対応および機会獲得に向けた対応策を検討する
  • 対応策の実施に向け社内体制を構築し、具体的なアクションに着手する

 

他社の事例をベンチマークとして活用しながら、複数のシナリオに対して幅広く対応策を検討することが重要です。

 

ステップ⑥文書化と情報開示

 

これまでに検討・分析したプロセスと結果を文書化し、情報開示を行います。

  • TCFD提言における開示推奨項目とシナリオ分析との関係性を記載する
  • シナリオ分析の結果をステップごとに記載する

 

情報開示の方法は、ホームページや有価証券報告書での開示が一般的です。

シナリオ分析は一度実施・開示して終わらせるのではなく、ステークホルダーとの対話や評価を踏まえて継続的に取り組みを深化させていく必要があります。

 

(出典)
環境省|シナリオ分析の実践ステップと最新事例

シナリオ分析を円滑に進めるためのポイント

シナリオ分析に取り組む方のために、シナリオ分析を円滑に進めるうえで押さえておきたいポイントを4つご紹介します。

ポイント①社内の合意形成が不可欠

 

シナリオ分析を円滑に進めるには、TCFD提言やシナリオ分析の重要性を社内全体で共有することが重要です。特に経営層の理解・合意を得ることが不可欠であるため、経営層に対して以下のように働きかけやインプットを行いましょう。

  • 社内外のマルチステークホルダーからの対応要請を報告する
  • 有識者による勉強会を実施する
  • 同業他社の取り組み状況を提示する

ポイント②関連部署を巻き込む

 

シナリオ分析は幅広い部署の協力が必要となるため、初期の段階で関連部署を巻き込んでおくことが重要です。各部署の巻き込み方としては以下のような方法が有効です。

  • 各部署が気候変動問題を「自分ごと」として認識できるようなストーリーを検討する
  • 経営層が気候変動対策を重点課題と位置づけているといったコミットメントを活用する
  • TCFD提言やシナリオ分析に関する社内の情報発信を強化する

ポイント③最初からデータの精度を追求しすぎない

 

シナリオ分析でやるべきことは多岐にわたるため、初年度からすべてのステップに対応しようとせず、段階的に進めることが大切です。また、事業インパクトの算定などでは最初からデータの精度にこだわる必要はなく、大まかに見積もることを重視しましょう。

現段階で定量的に算出できない項目については、以下のような対応が推奨されます。

  • 外部有識者にヒアリングを行う
  • 社内で継続的にモニタリングを実施する

ポイント④外部の有識者や専門機関を活用する

 

シナリオ分析は専門的な知識やマンパワーを要するため、自社のリソースだけで適切に対応するのは容易ではありません。取り組みにあたっては、外部の有識者や専門機関を活用することをおすすめします。専門的なノウハウをもつ機関や人材の助言・支援を受けることで、自社に合ったシナリオ分析を体系的かつ効率的に進められるようになります。

まとめ

TCFD提言に沿ってシナリオ分析を進めることで、気候変動の問題に対する対策の道筋が見えてきます。自社の持続可能性やレジリエンスの高さを対外的に示す機会にもなるため、ご紹介した手順とポイントを踏まえてシナリオ分析を実施しましょう。

 

当社では、気候関連分野における多様な課題・ニーズに合わせたソリューションをご提供しています。TCFD対応に向けたリスク・機会の分析やアクションプランの策定など、シナリオ分析の支援も行っておりますので、お気軽にご相談ください。

 

執筆者:霜山竣、中野晴康

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