SBTs for NatureにおけるOcean(海洋)の目標について解説!

はじめに
地球の70%以上を覆う海洋は、気候調節や食料供給など、私たちの生活に欠かせない多くの役割を果たしています。しかし、近年、水産物の乱獲や海洋汚染などの深刻なリスクに直面しています。FAO(国連食糧農業機関)によると、世界の水産物の3分の1はすでに乱獲状態にあり、漁獲量を増やす余地のある水産物はわずか6%にとどまっています。

こうした背景から、Science Based Targets Network(以下、SBTN)は現在、企業活動による海洋への影響を回避・削減する目標(Oceanの目標)の設定手法を開発しており、2024年9月10日には、目標設定ガイダンスのドラフト版が公開されました。今回は、このドラフト版のガイダンスをもとに、Oceanの目標について、その概要を紹介します。

SBTs for Natureとは

SBTNは、企業が地球の限界と社会の持続可能性目標に沿って行動できるよう、科学に基づいた測定可能・実行可能な期限付きの目標、すなわち「SBTs for Nature 」を設定するプロセスを開発しています。

 

SBTs for Natureは、従来の温室効果ガス(GHG)排出量を対象としたSBTを、淡水(Freshwater)、陸域(Land)、海洋(Ocean)、生物多様性(Biodiversity)といった自然課題領域に拡張したものです。

 

SBTs for Natureの詳細については、以下の当社インサイトをご覧ください。

>>ドラフト版ガイダンスに基づいたSBTs for Natureの解説

Ocean(海洋)の目標の概要

公開されたドラフト版ガイダンスでは、サプライチェーンにおいて水産物を漁獲または調達している企業に対して、水産物のサプライチェーンに焦点を当てた、以下の3つの目標を設定することを求めています。

 

  • 乱獲を回避・削減する目標:天然漁業を対象とし、企業が乱獲された資源への依存を回避、海域での漁業条件を改善し、乱獲を削減する
  • 海洋生息地を保護する目標:天然漁業と養殖業を対象とし、企業が海洋の生息地(サンゴ礁や海草藻場など)への影響を回避および削減する
  • ETP種(絶滅危惧種、保護種)を漁業による影響から保護する目標:天然漁業を対象とし、天然漁業による絶滅危惧種や保護種への影響を回避および削減する

 

Oceanの目標の特徴として、目標ごとに複数の目標設定アプローチが用意されていることが挙げられます。これにより、サプライチェーンのどの段階に位置しているか、どのような水産物を漁獲または調達しているか、海洋にどのような影響をどの程度及ぼしているかに応じて、企業ごとに適切な目標を設定できるようになっています。

 

また、Oceanの目標を設定する企業は、事業活動およびサプライチェーン全体を通して、「労働者や小規模漁業者の権利を擁護する」という社会的責任に関する公約の公表だけでなく、自社の具体的な取り組みについても提出することも求められています。

 

Oceanで設定する3つの目標

図1 Oceanで設定する3つの目標

 

以降は、目標ごとに、概要と設定方法について解説します。

 

乱獲を回避・削減する目標

<目的>
この目標は、水産物のサプライチェーンに関わる企業が、資源、操業地域、サプライチェーンのステークホルダーと乱獲の回避・削減に向けて効果的に関わることで、回復力のある持続可能な天然漁業を支援することを目的としています。

 

<対象>
天然資源を漁獲または調達する企業が目標設定の対象となりますが、天然資源を飼料として調達している養殖企業も、目標を設定することが奨励されています。

 

<目標設定の流れ>

目標設定のステップは以下のとおりです。

 

STEP1. データソースの選択

漁獲量などの圧力のベースライン値と天然資源量の現状を決定するために、資源評価や認証などから適切なデータソースを選択します。

 

STEP2. 目標設定アプローチの選択

選択したデータソースにおけるデータの入手可能性および乱獲/過剰漁獲の状態により、下図に示すフローに基づいて、目標設定のアプローチを決定します。

 

STEP3. 天然資源量の現状と望ましい状態、許容可能な最大圧力を決定(削減経路の場合のみ)

選択したデータソースを使用して、対象範囲内の天然資源量の現状と望ましい状態、およびそれらの天然資源量に関連する許容可能な最大圧力を決定します。

 

STEP4. 企業固有の目標を設定

上記のデータと、企業固有の最大許容圧力の計算値を使用して、経路ごとに以下のような目標を設定します。

 

  • 削減経路:[目標終了日]までに、[会社名]は[水産物名]の[天然資源量]からの調達量を[日付]のベースラインと比較してX%削減する。
  • 調達量上限とエンゲージメント経路:[目標終了日]までに、[会社名]は[日付]のベースラインと比較して、[水産物名]の[天然資源量]からの調達上限(増加なし)を設定する。かつ、[会社名] は、[場所] において [イニシアチブ名] に [目標開始日] までに取り組み、[目標終了日] までに [目標開始日] のベースラインと比較して [水産物名] の乱獲を削減する。
  • エンゲージメント経路:[会社名] は、[場所] において [イニシアチブ名] に [目標開始日] までに取り組み、[目標終了日] までに [目標開始日] のベースラインと比較して [水産物名] の乱獲を削減する。

 

海洋生息地を保護する目標

<目的>

この目標は、天然漁業や養殖が、海洋生息地に及ぼす有害な影響の主な原因を阻止し、自然の損失を逆転させることを目的としています。

 

<対象>

直接操業またはサプライチェーンにおいて、漁業や養殖業と関わる企業が対象となりますが、生息地を構成する種に絶滅危惧種などが含まれる場合は、次の「ETP種を漁業による影響から保護する目標」に沿って対応することが求められます。

 

<目標設定の流れ>

目標設定のステップは以下のとおりです。

 

STEP1. 目標設定アプローチの選択

2つの経路(オペレーション経路、エンゲージメント経路)のいずれか、または両方を選択します。なお、直接操業により海洋生息地に影響を及ぼす企業、あるいは海洋生息地に影響を及ぼす上流企業に対して行動変容を促すことができるなどの強い影響力を有する企業は、オペレーション経路による目標設定が求められます。

 

STEP2. データソースを選択し、ベースライン値を設定

さまざまなデータソースを参照して、活動場所における海洋生息地への影響や圧力のベースラインとなる指標とその値を決定します。

ベースラインとなる指標は、目標設定アプローチに応じて異なり、以下のリストに示すような指標が候補として挙げられます。

 

STEP3. 企業固有の目標を設定

選択した経路に応じて、以下のような目標を設定します。

 

  • オペレーション経路:[目標終了日]までに、[会社名]は、[漁場/養殖場]における[漁業/養殖業]のベストプラクティス基準を制定し、[生息地]への影響を回避する。
  • エンゲージメント経路:[会社名]は、[目標終了日]までに[目標設定日]を基準として[生息地保護に関する目標]を達成するために、[場所]で[イニシアチブ名]に従事する。

 

表1 ベースラインとなる指標のリスト

出典:Step 3 Ocean Technical Guidance – Draft for Public Consultationより当社作成

 

ETP種を漁業による影響から保護する目標

<目的>

この目標は、水産物のサプライチェーンに関わる企業が、漁業活動によるETP種へのリスクを制限し、責任ある天然漁業を支援することを目的としています。

なお、ETP種とは、MSC漁業認証規格(第3.1版)において「 国際自然保護連合(IUCN)、移動性野生動物種の保全に関する条約(CMS)、ワシントン条約( CITES)の絶滅危惧種リストに記載されている種はETP種とみなす。」と定義されています。

 

<対象>

目標2と同様に、直接操業またはサプライチェーンにおいて、漁業や養殖業と関わる企業が対象となりますが、この目標は対象範囲が限られており、特にETP種に対する天然漁業の影響に焦点を当てています

 

<目標設定の流れ>

目標設定のステップは以下のとおりです。

 

STEP1. データソースの選択

天然漁業による、ETP種 への圧力とリスクのベースライン値を決定するために、複数のデータソースを選択します。

 

STEP2. 天然漁業によるETP種へのリスクのベースラインを決定する

選択したデータソースから、サプライチェーンにおけるETP種へのリスクを、空間的(活動場所ごと)・時間的(活動時間ごと)に特定することで、ベースライン値を決定します。ベースライン値の設定には、混獲率などの1次データや2次データの他に、marine STAR※1やSeafood Watch※2などの関連ツールを活用することができます。

 

STEP3. 企業固有の目標を設定する決定

リスクのベースライン値に基づき、以下のアプローチのいずれかを使用して目標を設定します。

 

  • 調達停止経路:適切な予防措置なしに、絶滅危惧種との接触 (混獲や漁具の巻き込み、騒音公害、船舶衝突など) が確認された場合に、調達を停止する
  • オペレーション経路:ETP種へのリスクを低減するベストプラクティスの基準を満たすために、直接操業またはサプライチェーン内の操業の改善に取り組む
  • エンゲージメント経路:既存の取り組みを支援する、または新たなイニシアチブを開発し、ETP種へのリスクを低減し、データの入手可能性を高めることを約束する

 

※1:marine STAR

marine STAR

出典:Turner, J.A., Starkey, M., Dulvy, N.K. et al. Targeting ocean conservation outcomes through threat reduction. npj Ocean Sustain 3, 4 (2024).より当社作成

 

※2:Seafood Watch

出典:Monterey Bay Aquarium Seafood Watchより当社翻訳

今後のSBTs for NatureにおけるOcean(海洋)をめぐる動向

今回公開されたガイダンスでは水産物に焦点が当てられていますが、今後は海上輸送、沿岸および海洋観光、海洋再生可能エネルギー、沿岸開発といった他の分野における海洋への影響にも拡大されていく予定です。

 

また、公開されたドラフト版のガイダンスは、2024年9月10日から11月12日までの期間で意見公募が行われ、2025年中に正式版としてv1.0ガイダンスが公開される予定です。

さいごに

本インサイトでは、Oceanのドラフト版ガイダンスを参照し、目標設定の概要について紹介させていただきました。目標設定の詳細な方法などについてご興味のある方は、SBTNウェブサイトからドラフト版のガイダンスを閲覧できますので、ぜひご確認ください。

 

また当社 では、SBTs for NatureのFreshwaterやLandに関するサービスとして、以下のようなご支援が可能な体制を整えております。Oceanにつきましても、今後ご支援できような体制を整えていく予定です。詳しくは、 サステナビリティNaviよりお問合せください。

 

 

 

執筆者:中野晴康

 

 

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