森づくりの “成果” をどう示す? 林野庁があと押しする「水源涵養量」評価の最新動向

近年、ESG投資の加速に伴い、企業のサステナビリティ評価において「炭素吸収」や「生物多様性」に加え、「水源涵養(水資源保全)」の重要性が急速に高まっています。これを受け、森林保全活動はCSR(社会貢献)から、自然資本を守り事業リスクを低減する「経営戦略」へと大きくシフトし始めました。
 
こうした動きをあと押しするため、林野庁は森林づくりによる水源涵養効果を「簡易かつ定量的」に評価する新たな手法を整理し、2025年11月に公表しました。この手法は、水源涵養量の計算手法の1つである「水収支法」を簡易的に適用できるよう標準化したものです。
 
この記事では、水源涵養量の先行的な開示事例を交えて、水源涵養量の算定をどのように活用・開示するのかについて解説します。
 
※林野庁が公表した算定手法は、2025年11月28日開催のセミナー時点における暫定版であり、2026年3月の完成が想定されています。完成時には、簡易的な算定に使えるExcelツールも林野庁の公式サイト上で公開される予定です。

水源涵養とは

 
森林には、雨水を土壌に蓄え、ゆっくりと河川へ送り出す機能があります。これを「水源涵養機能」と呼びます。水源涵養機能を構成するのは、以下の3つの機能です。
 

  1. 洪水緩和機能:大雨の際、河川への急激な流入を防ぎピーク流量を低下させる
  2. 水質浄化機能:雨水が土壌を通過する過程で有機物などをろ過・分解し、浄化する
  3. 水資源貯留機能:降水を地中に蓄え、渇水時でも川の水量を安定させる

 

林野庁が公表した資料において定量評価の焦点とされているのは、「水資源貯留機能」によって地下へ浸透し、利用可能な水資源となる量(=水源涵養量)です。
 
水源涵養量を算定するアプローチには、大きく分けて、降水量から損失を引く「水収支法」と、涵養定数を用いる「原単位法」があります。森林の水循環を考えると、「水収支法」での算定がより実態に近い計算手法だといえます。

 

水収支法 原単位法
算定式 降水量-(直接流出量+蒸発散量) 降水量×涵養定数
評価精度 高い 低い
前提 各要素を実測または詳細なモデルで推定する必要がある 地域ごとの涵養定数を調査する必要がある

 

  • 直接流出量(Surface Runoff):雨が土壌に浸透せず、すぐさま川に流れ出る量。森林整備が進むと、土壌の浸透能が高まり、降雨直後の流出量を減らすことができる
  • 蒸発散量(Evapotranspiration):地面からの「蒸発」と、植物の葉からの「蒸散」を合わせた量。森林の種類や密度によって変動する
  • 涵養定数(Recharge Constant):地質や森林の状態に応じ、「降水量の何割が地下水として涵養されるか」を示した係数。簡易算定における重要指標

 
林野庁が公表した手法は、降水量から蒸発散量と直接流出量を差し引く「水収支法」をベースとしつつ、企業や団体でも取り組みやすいよう簡略化したものです。この手法では、降水量や平均気温といった気象データに 、地質データや森林データを組み合わせて、水源涵養量を推計します。気象および地質データは公開情報として取得できるため、対象地域の森林データがあれば、より実態に近い水源涵養量を簡易的に評価することが可能です。
 

林野庁による水源涵養量の簡易評価手法の図式化
林野庁が公表した水源涵養量の簡易評価手法(同庁資料をもとに当社作成)
白抜き文字が算定に必要なデータ

水源涵養量を算定するメリット

 
水源涵養量を算定した定量的なデータは、森林保全活動の正当性とインパクトを高め、ステークホルダーとのコミュニケーションツールとして、多岐にわたり活用することができます。

 

  • 報告・開示:環境報告書やESG関連の開示情報に盛り込み、森林保全活動の効果を客観的に示す
  • 対話・PR:森林保全活動への参加を促す啓発や広報における具体的な根拠として利用する
  • 計画策定:森林保全・管理活動の優先順位付けや効果的な計画策定のための基礎データとする
    例:「取水量の100%を涵養するには〇haの森林保全活動が必要」
  • パートナーシップ:水源地域と都市部の企業間など、連携活動の評価指標として活用し、協力関係を強化する

 
水源涵養量という定量的なデータは、より多くの関心と資源を森林づくりに呼び込む力になるのです。
 
水源涵養量を算定し、情報開示に活用する

水源涵養量評価に関する企業の動向

 
林野庁が水源涵養量の新たな算定手法を公開した背景には、水資源保全活動の成果を定量評価したいという企業ニーズの高まりがあります。企業活動と水資源の関係を「見える化」することは、いまや必須の経営課題なのです。
 
最近では飲料メーカーだけでなく、データセンターで大量の水を利用するIT企業なども、使用量以上の水を還元する「ウォーターポジティブ」を掲げています。ここからは、水資源保全を推進している企業の代表的な取り組みを紹介します。
 
※本項で紹介する事例では、林野庁が公表した手法ではなく、各社独自の手法で水源涵養量を算定しています。以下の事例は、定量評価した水源涵養量の活用方法を紹介するものです。

サントリーグループ

 
サントリーグループは、「水と生きる」というメッセージを掲げ、工場での取水量以上の水を森林で生み出す活動を展開しています。同グループは、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みに沿った開示で水資源に関するリスクや機会を整理して、水源涵養を含む対応策を実施し、水源涵養量の定量評価によって進捗状況を表現しています。
 
「2030年目標」の1つとしては、「自社工場の半数以上で、水源涵養活動により使用する水の100%以上をそれぞれの水源に還元」を掲げており、2024年には全世界における自社工場の36%で水源涵養活動を行いました。このように、企業は自社の目標達成状況を、涵養量という具体的な数値で報告・開示することで、活動の信頼性を高めています
 

水源涵養に関するサントリーの取り組み
サントリーの開示事例をもとに当社作成

アサヒグループ

 
2024年度のCDPウォーターセキュリティで最高評価を獲得したアサヒグループは、同年度のCDP回答にあたり、保全活動の成功指標として水源涵養量を使用しました。回答書によれば、同グループの社有林「アサヒの森」の涵養量は年間1,101万㎥である一方、2023年における国内ビール工場の水使用量は年間約954万㎥あり、水使用量相当の100%以上を還元できていることから、「成功した」と評価しています。
 
算出した水源涵養量はこのように、CDPなど第三者への報告において、森林保全活動の成功を判断する指標として活用できるのです。
 

アサヒグループによるCDP2024への回答抜粋。水源涵養量をもって森林保全活動の成果を評価している
アサヒグループのCDP2024回答より抜粋

AWS

 
飲料メーカー以外の動きも活発です。Amazon Web Services(AWS)は、データセンターの冷却等で使用する水を補うため、2030年までのウォーターポジティブ達成を掲げ、事業で使用するより多くの水を還元することを目指しています。
 
Amazonは2025年1月、首都圏の重要な水源の一部である山梨県丹波山村と共同で、「日本初となる水源涵養プロジェクト」を10年にわたり実施すると発表しました 。同プロジェクトにより、毎年1億3,000万リットル以上の水が地域社会に還元される見込みだと公表されており、プロジェクトの貢献が定量的に示されているといえるでしょう。

今後の展望:水源涵養量の実務的な算定に向けて

 
林野庁が公表した水源涵養量の算定手法における最大のポイントは、「簡易性と定量性の両立」にあります。算定に際し、これまでは専門的なシミュレーションが必要でしたが、簡易的に標準化された手法を用いることで、企業や団体でも取り組みやすくなりました。
 
林野庁による新手法の発表は、各社が独自に行ってきた水源涵養量の算定を標準化し、比較可能性を高めるものであり、企業活動を強力にあと押しします。今後は、この手法に基づいた算定が多くの企業や団体で実施され、データの蓄積と事例の共有が進むことが期待されます。手法のさらなる精緻化に向けた議論が深まり、森林の多面的機能の評価全体の進展につながるでしょう。
 
企業等の活動主体は、この新しい手法を積極的に活用し、自社の水源涵養への貢献度を明確にすることで、持続可能な社会の実現に一層貢献していくことが求められます。

 

水源涵養によって2030年までにウォーターポジティブを実現するイメージ
森林保全活動による水源涵養効果のイメージ

Next Step

 
水源涵養量を算定することは、企業はもちろん自治体や森林組合の皆さまにとっても、森林の価値を客観的な指標で定量的に示す機会となります。「保有している森の水源涵養量をシミュレーションしてみたい」といったご要望がありましたら、林野庁の新手法に基づき、当社が簡易的な試算を実施いたします。森林が持つ価値の可視化から開示への応用まで、適切な手法をご提案できますので、お気軽に当社までご相談ください。
 

執筆者:中西 美夕

 
参考資料:
林野庁|水源涵養機能
農林水産省|日本は森林大国です
多様な主体による森林づくり活動と水源涵養機能に関するセミナー~新たな定量化手法~
サントリーグループのサステナビリティ|TNFD提言・TCFD提言に基づく統合開示
アサヒグループホールディングス|2024 CDP コーポレート質問書 2024
PR TIMES|Amazon、山梨県丹波山村と共同で、日本初となる森林保全・水源涵養プロジェクトを発表

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