世界が注目する、農林業及び
その他の土地利用から排出される温室効果ガスの現状
皆さんは、温室効果ガス(GHG)の排出と聞いてどのような排出源をイメージするでしょうか。一般的には、化石燃料の燃焼や、廃棄物の焼却などからの排出が知られています。それらに加えて、実は自然と大きな関わりのある農林業や土地の利用からも全体の20%以上ものGHGが排出されています。今回は、食品産業をはじめ多くの産業に深く関わる「農林業及びその他の土地利用(AFOLU)からのGHG排出量の現状」について紹介し、SBTi FLAGの目標設定の重要性について紐解いていきます。
1. 世界の温室効果ガス総排出量20%以上を占める農林業及びその他の土地利用
世界のGHG排出量は2019年に520億トンを記録しました。中でも農業、林業及びその他の土地利用(AFOLU)からの排出量は人為起源GHG総排出量の約22%を占めています。AFOLUの中で最もGHG排出量の多い排出源は「土地の利用の変化と林業(CO₂)」、次に「(牛の)腸内発酵(CH4)」、そして「管理された土壌と牧草地(CO₂,N₂O)」であり、この3つの要因が全体の85%を占めています。「土地の利用の変化と林業」は、森林減少、木材の収穫、及び泥炭地火災などによる土地被覆の変化の際にバイオマスとして蓄積していた森林中の炭素(土壌中の炭素を含む)がCO₂の形で大気中に放出されたものです。
地球は全体の70%が海に覆われ、陸地は30%ほどです。8,000年前は、陸地の約50%が手つかずの森林でしたが、現在は30%にまで減少し、人間が陸地の70%を利用しています。人間が利用している土地の面積のうち約37%が牧草地、約22%が人間の利用がある森林、約12%が耕作地、約1%がインフラとなっており、陸域で人間の活動の影響を受けている土地は農林業によるものが圧倒的に多く、現在でも農林業に関わる土地の転換が行われています。この農林業に伴う土地の転換によるGHG排出が、世界のGHG排出に大きな影響を与えています。
図1 セクターごとの2019年の人為的なGHG総排出量(単位:GtCO₂-eq)
出典:IPCC AR6 WG3 図2.12を基に弊社作成
図2 世界のAFOLUセクターの排出量の推移と要因
出典:IPCC AR6 WG3 図2.21を基に弊社作成
2. 世界で進む森林減少の背景にある農林畜産物生産
人間の生活において農林業や土地の利用は不可欠ですが、森林、サバンナ、草原、泥炭地など、貴重な自然生態系が農林業等の影響で驚くべき速さで破壊され、そのバランスが崩れ始めています。森林減少が加速している原因の一つとして、牛肉、パーム油、大豆、カカオ、天然ゴム、コーヒー、木質繊維等のコモディティ(農林畜産物)の生産を行うための農地への転換であると言われており、中でも牛肉、パーム油、大豆だけで、2001年から 2015年までの農林業を原因とする森林減少の半分以上をもたらしています。しかし、これらの問題は農林産物を生産している当事国だけの問題ではありません。日本は木材、紙、パーム油、天然ゴム、バイオマス燃料、大豆、牛肉など多くの林産物、農畜産物を海外から輸入しており、それらが生産される工程で地球にとって甚大な被害を与えている可能性があるのです。
以下に、農林業を原因とする森林減少の事例として、日本への輸入も多いインドネシアのパーム油とブラジルの牛肉、大豆について紹介します。
図3 コモディティ別の農林業を原因とする森林減少(2001~2015年, Goldman, et al.)
出典:WWF「森林破壊と土地転換のないサプライチェーン」
(1)インドネシア(パーム油)の事例
パーム油の主要生産国であり全供給量の85%を占めているのがインドネシアとマレーシアで、パーム油生産による世界の森林減少の66%はインドネシアで起こっています。パーム油生産量の約 4 分の 3 は企業プランテーション、残りは小規模農家によるもので、小規模農家が占める割合は年々拡大しています。熱帯林が広がるインドネシアのスマトラ島では、パーム油農地の開発を目的とした農地転換が行われており、1985年には島の面積の58%にあたる2,530万ヘクタールの熱帯林が広がっていましたが、2016年には1,040万ヘクタールにまで森林が減少しています。
また、スマトラ島の東部には、地中に大量の炭素を含む泥炭地が広がっています。この泥炭が燃えると、通常の土地が燃えたときの20倍にも上る二酸化炭素(CO₂)が排出されてしまうため、農地拡大を目的とした火入れによる泥炭地火災もAFOLU排出量の大きな要因になっています。
※泥炭:枯れた植物が湿地などの水中で分解されずに蓄積したもので、場所によっては、20メートル以上の厚さの地層を形成したもの
図4 熱帯泥炭地火災のメカニズム
出典:WWF「緊急報告:インドネシアで泥炭・森林火災が多発」
(2)ブラジル(牛肉、大豆)の事例
世界の牛肉生産による森林減少のうち48%がブラジルで起こっています。ブラジルでは、牧畜が今でも土地所有権を正当化する最も安価な方法であることから、農地拡大を目的とした森林減少が進行しています。また、牛の腸内発酵はAFOLU排出量の大きな要因であるため、ブラジルの牛肉生産は、多くのGHGを排出しています。
ブラジルでは大豆の生産も盛んです。世界における大豆の生産量は、家畜飼料や植物性タンパク質に対する世界の需要が加速している背景もあり、過去 10 年間で 2 倍以上に増加しました。ブラジルは、この需要の高まりにより、世界の大豆生産による森林減少のうち61%を占めています。
図5 世界で森林破壊が最も進んだとされる24か所
出典:WWF「森林破壊と土地転換のないサプライチェーン」
3. 森林減少根絶の宣言と森林や草原の保護を促進するSBTi FLAGの誕生
森林はCO₂の自然吸収源であり、GHG排出量とCO₂の吸収量がバランスをとれた状態において生態系が保たれています。そのため、AFOLUのGHG排出量が加速度的に増加し続けると、気候変動が進み、生態系の健全なバランスや生物多様性、食料システム、生計、健康に悪影響を及ぼします。AFOLUのGHG排出量の抑制を強化することが社会、生態、経済、開発といった多分野に相互作用的な好影響をもたらすと期待され、世界的に注目が集まっています。
こういった背景から、2022年9月、気候変動に対応する世界の企業・団体による組織・企業間のコラボレーションであり、世界平均気温の上昇を「産業革命前と比べて、1.5℃に抑える」という目標を掲げているSBTi(Science Based Targtes initiative)が、森林、土地および農業(FLAG: Forest, Land, and Agriculture)に関連するセクターに特化したガイダンスの正式版を公開しました。このガイダンスにおいて設定が求められる目標を「FLAG目標」といい、これは、科学的根拠に基づき、農林業およびその他土地利用に関連するGHG排出を削減・除去する目標になります。
FLAG目標が必須になる企業と算定対象は以下の通りです、
FLAG目標が必須な企業と算定対象
<対象企業>
① 森林・紙製品(林業、木材、紙・パルプ、ゴム)
② 食品製造(農業生産)
③ 食品製(動物原料)
④ 食品および飲料の加工
⑤ 食品・生活必需品小売業
⑥ タバコ
⑦ その他、上記セクター以外でGHG総排出量(Scope1, 2, 3)の20%以上が農林業等の活動から発生する企業
<算定対象>
① 土地利用変化(LUC:Land use change):家畜の飼料に関連するものを含む土地利用変化に伴うCO₂排出量
② 土地管理(非LUC排出):土地管理からの排出(主にN2OとCH4)
③ 炭素除去・貯留
図:農林業や土地利用(AFOLU)からのGHG排出とCO₂吸収
出典:CDP「SBTi FLAGセクターガイダンス・目標設定の動向」より
今後、企業はAFOLU排出量を算定し、削減目標を設定するとともに、農耕地での作物収量増加や食品ロスの削減等の対応策を実施することが要求されます。
4. まとめ
1. 農林業及びその他の土地利用(AFOLU)からのGHG排出量は世界の総排出量22%を占めている
2. AFOLUのGHG排出量の主要因は「土地の利用の変化と林業」、「腸内発酵」、「管理された土地と牧草地」である
3. 農林業に伴う森林減少は、牛肉、パーム油、大豆、カカオ、天然ゴム、コーヒー、木質繊維等のコモディティ(農林畜産物)の生産を行うための農地への転換であり、牛肉、パーム油、大豆が農林業に伴う森林減少の半数を占める
4. インドネシアやブラジルでは、農畜産物生産のために大規模な土地転換が行われている
5. 科学的根拠に基づき、農林業およびその他土地利用に関連するGHG排出を削減・除去する目標(SBTi FLAG)を設定するためのガイドラインが公開され、該当する企業は目標設定が必須となった
参考文献
1. IPCC「Climate Change 2022 Mitigation of Climate Change」
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg3/downloads/report/IPCC_AR6_WGIII_FullReport.pdf
2. 環境省「IPCC 「土地関係特別報告書」の概要」
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/special_reports/srccl_overview.pdf
3. WWF「森林破壊と土地転換のないサプライチェーン」
https://www.wwf.or.jp/activities/data/20221110forest01.pdf
4. WWF「緊急報告:インドネシアで泥炭・森林火災が多発」
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/4103.html
5. CDP「SBTi FLAGセクターガイダンス・目標設定の動向」
https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/006/834/original/2FLAGSBT.pdf
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執筆者:佐藤怜、霜山竣
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