ドラフト版ガイダンスに基づいたSBTs for Natureの解説

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現在、土地利用の変化や水資源の利用など、人間活動による自然への圧力が原因で自然が急速に劣化しているといわれています。企業の事業活動は、その主たる要因の1つです。

企業は、自然資本を資源として様々な製品・サービスを生み出し、利益を得ています。自然の劣化は、すなわち企業が活用する資源の劣化であり、事業活動への影響も今後さらに顕在化していくでしょう。企業にとって自然の劣化は決して他人事ではなく、自然の劣化を防ぐため、事業活動に伴う自然への圧力を十分に減らしていかなければなりません。

こうした背景から、Science Based Targets Network (以下、SBTN) によって、GHG排出量を対象とした従来のSBTを自然資本全般に拡張したScience-Based Targets for Nature(以下SBTs for Nature)の開発が進められており、2023年第一四半期の正式版リリースに向け、ドラフト版ガイダンスがパブリックコンサルテーション(ガイダンスが明確かつ実用的なものとなるように、一般公開してフィードバックを募集し、ガイダンスに反映させること)という位置付けで2022年9月15日に公開されました。

今回のドラフト版ガイダンスは、目標設定の対象となる環境課題や目標を設定するサイトの優先順位を決定する方法が記載された「Technical Guidance for Step 1 and Step 2」と、淡水分野に関する目標設定手法が記載された「Technical Guidance for Step 3 for Freshwater」の2点です。

この記事では、SBTs for Natureの背景や目標設定プロセスなどについて、ドラフト版ガイダンスをもとに紹介します。

SBTs for Natureの開発背景

気候変動が世界的な問題として認識されて久しいですが、近年、人類の歴史のなかで最も速いペースで自然が世界中で劣化しているといわれています。地球の安定を維持するために重要な自然界の要素(つまり自然資本)が、地球の限界を超えて劣化してしまうと、回復不可能な変化が生じ、人々の生活を支える生態系サービスも享受できなくなってしまいます。そのため、気候変動だけでなく、自然全般の劣化を重大な問題として認識し、食い止めるために必要な措置をとる必要があるのです。

自然の劣化を引き起こす大きな要因に、企業の事業活動を中心とした「人間活動による圧力」が挙げられます。企業は事業活動を通じて、原材料・水資源・エネルギーの供給などの形で自然資本の恵みを享受しながら、資源の過剰利用や汚染等の「圧力」により、陸域、淡水域、海洋等のさまざまなフィールドで自然に負荷をかけています(図1)。この「圧力」による自然の状態の変化がキャパシティを超えることで、自然の劣化、ひいては生物多様性の損失が引き起こされるのです。

このように、「人間活動による圧力」が自然の劣化を引き起こしているため、自然の状態が地球の限界を超えないように、「人間活動による圧力」を回避・低減することが求められています。このような背景から、企業による自然への圧力の回避・低減を進めるため、SBTNによってSBTs for Natureが開発され、その中で目標を設定するプロセスが検討されています。

SBTs for Natureが対象とする圧力カテゴリ

SBTs for Natureでは、人間活動による自然への圧力を表1に示す12のカテゴリに分類しており、現段階では技術的な観点から8つの圧力カテゴリ(黒太字)に着目して、目標設定やその後のアクションを実施していくことを求めています。

表1. SBTs for Natureが対象とする圧力カテゴリ

分類

圧力カテゴリ

生態系の利用と変化

陸域生態系の利用と利用変化

淡水生態系の利用と利用変化

海洋生態系の利用と利用変化

資源搾取

水利用

その他の資源利用

気候変動

GHG排出

汚染

非GHG大気汚染物質

水質汚染物質

土壌汚染物質

固形廃棄物

外来種・その他

妨害

生物学的変化/干渉

2022年9月15日に公開されたSTEP 3のドラフト版ガイダンスは淡水分野をカバーしたものとなりますが、これは「水利用」および「水質汚染物質」カテゴリを対象としたものであり、水使用量と排水水質に関する目標を設定するための手法が記載されています。

SBTiやその他の外部フレームワークとの関係性

SBTs for Natureが対象とする圧力カテゴリにはGHG排出も含まれていますが、GHG排出量に関する目標設定を行うフレームワークは、SBTs for Nature以前にScience-Based Targets Initiative(以下SBTi)により開発されています。

SBTs for Natureの出現により、GHG排出量に関する目標をどのように扱うのかということについて、「引き続きSBTiのフレームワークを用いて設定する」旨がドラフト版ガイダンスに明記されています。これは、GHG排出量とそれ以外の圧力カテゴリでは、目標設定のアプローチが大きく異なることが要因の1つとなっていると想定されます。

SBTs for Natureは、Taskforce on Nature-Related Financial Disclosure(TNFD)やCDP、Global Reporting Initiative(GRI)、Natural Capital Protocol(NCP)など、外部フレームワークと整合するように開発されています。特に、TNFDとは多くの共通点があり、SBTs for Natureの圧力カテゴリとTNFDの影響要因が共通のものであることや、TNFDにおける目標設定はSBTs for Natureの目標設定プロセスを適用することが求められます。

SBTs for Natureの目標設定プロセス

SBTs for Natureでは、図2に示す5つのステップにより、対処すべき事業活動、圧力カテゴリ、サイトを特定し、科学的な根拠に基づいた目標を設定したうえで、事業活動による自然への圧力を回避・低減するための行動をとり、進捗状況を追跡・報告することを求めています。

この章では公開情報をもとに、重大な圧力カテゴリの特定とバリューチェーンの評価を行うSTEP 1から、目標設定を行うSTEP 3までを簡単に解説します。

SBTs for Natureの目標設定プロセスは、評価、優先順位付け、目標設定、行動、追跡の5ステップ

図2. SBTs for Natureの目標設定プロセス
SBTN「Technical Guidance for Step 1: Assess and Step 2:Prioritize」に当社加筆

STEP1:評価

STEP 1a:重大な圧力のスクリーニング

STEP 1ではまず、自社が行う事業活動ごとに、自然に対して大きな負荷をかけている(重大な)圧力カテゴリを特定するために、Sectoral Materiality Toolを用いたスクリーニングを行います。

Sectoral Materiality Tool(SMT)では、選択した事業活動(セクター)と各圧力カテゴリとの関連性(マテリアリティ)を6段階で評価することができます。(表2参照)。これを用いて特定した重大な圧力カテゴリに対しては検討を継続し、目標を設定したうえで、自然への負荷を回避・低減するための行動を取ることが求められます。

SMTにおいて選択するセクターには、バリューチェーン上流側、特に原材料の生産段階を含めることが求められています。つまり、SBTs for Natureでは、バリューチェーン上流側における自然への圧力を回避・低減することも求められているのです。

表2. SMTによる重大な圧力のスクリーニングの例

マテリアリティを6段階で評価して重大な圧力をスクリーニングする例

STEP 1b:バリューチェーンの評価

STEP 1では次に、対象サイト(※)において、重大な圧力カテゴリに関連した自然状態指標「SoNP」、生物多様性を表す自然状態指標「SoNG」、重大な圧力カテゴリに対応した自然への圧力を評価します。

「水利用」カテゴリを例にすると、SoNPは「水利用可能性」、自然への圧力は「取水量」となり、「水質汚染」カテゴリを例にすると、SoNPは「水質汚染の状況」、自然への圧力は「栄養塩負荷量(窒素およびリン)」となります。SoNGは「種の絶滅リスク」が該当します。SoNPやSoNGは、位置情報に基づき、グローバルで評価が可能なWebツールを用いて評価することが推奨されており、自然への圧力を含めたこれらの評価結果は、「STEP 2:優先順位付け」に活用することになります。

※「水利用」カテゴリを例にすると、同カテゴリが重大な圧力カテゴリと特定されたセクターに該当する全サイトが対象サイトとなる

STEP2:優先順位付け

目標境界の定義

STEP 2ではまず、それぞれの重大な圧力カテゴリにおいて目標設定を行うサイトを決定します。とはえドラフト版ガイダンスでは、STEP 1bの評価対象となったサイトはすべて目標設定の対象に含めることが求められているため、追加の検討は特に必要ありません。

サイトの優先順位付け

STEP 2では次に、「STEP 3:目標設定」にいち早く着手するサイトを決定するため、STEP 1bで評価した、SoNP、SoNGおよび自然への圧力を用いて、サイトの優先順位付けを行います(表3)。この優先順位付けにより、総合的な順位が高いサイトから「STEP 3:目標設定」を行うことが求められます。

表3.「水利用カテゴリ」におけるサイトの優先順位付けの例

SoNP、SoNG、自然への圧力を用いてサイトの優先順位付けをする例

STEP3:目標設定

「水利用」カテゴリにおける目標設定の基本的な考え方

ここでは、ドラフト版ガイダンスの「Technical Guidance for Step 3 for Freshwater」に基づき、「水利用」カテゴリにおける目標設定の基本的な考え方を示します。

  • サイトにおける取水量と、流域全体で求められる取水量削減率から算出した、許容される最大取水量を目標値として設定する
  • 流域全体で求められる取水量削減率は、流域における現在の河川流量が望ましい状態にまで回復するのに必要な流域全体での取水量削減率とする
  • 河川流量の望ましい状態は「環境流量要件」とする

流域全体で求められる取水量削減率の算出アプローチ

ドラフト版ガイダンスでは、流域全体で求められる取水量削減率の算出方法として、大別すると表4に示す2つのアプローチが設けられています。

表4. 流域全体で求められる取水量削減率の算出アプローチ

アプローチ     

内容

Tier 1

流域内のステークホルダーに認知されているローカルモデルによる河川流量の解析結果を用いて、流域内のステークホルダーによって合意されている環境流量要件を満たすために必要な流域全体の取水量削減率を算出するアプローチ

Tier 1

グローバルモデルにより解析された河川流量や環境流量要件(流域内のステークホルダーの合意を得られていない)が格納されたデータセットやツールを用いて、流域全体で求められる取水量削減率を算出するアプローチ

SBTs for Natureでは、どちらかのアプローチを任意で選択するのではなく、対象サイトが含まれる流域内のステークホルダー(流域管理機関など)にエンゲージメントを行い、その結果に応じてアプローチを選択することが求められています。そのエンゲージメントとは、対象流域におけるローカルモデルと環境流量要件の存在状況のヒアリングです。

ローカルモデルと環境流量要件の両者が存在しており、それが活用可能であることが確認できた場合はTier 1アプローチを選択し、どちらかでも存在していない場合は、Tier 2アプローチを選択する必要があります(図3)。

ローカルモデルおよび環境流量要件が存在する場合はTier 1、いずれかが存在しない場合はTier 2のアプローチをとる

図3. 流域全体で求められる取水量削減率の算出アプローチを選択するフロー

目標値の設定

許容される最大取水量として設定する目標値は、月単位および年単位のどちらでも設定可能です。月単位で設定する場合は、取水量と流域全体で求められる取水量削減率の両者を1月~12月の各月で求める必要があります。

一方で、年単位で設定する場合は、取水量は年単位で構いませんが、流域全体で求められる取水量削減率は各月で算出したうえで、最大値を採用することが求められています。そのため、年単位の目標では、1年間に求められる削減量は月単位の目標に比べて大きくなる傾向にあります。このように設定した目標値が、科学的根拠に基づいた水利用に関する目標ということになり、達成の期限(目標年)を設定したうえで、SBTNによる認定の審査を受けることになります。

SBTs for Natureに取り組むメリット

SBTs for Natureに取り組むことは簡単ではありませんが、以下のような多くのメリットがあります。

  • 自社が取り組むべき環境課題が明確になる
  • 自社の目標に対する妥当性が保証される
  • 規制や政策の変更に先んじた行動が可能となる
  • TNFDにおけるLEAPアプローチの検討に活用できる
  • 生物多様性ノーネット・ロスやネイチャー・ポジティブの達成の指針になる

特に最後のメリットについては、生物多様性ノーネット・ロスやネイチャー・ポジティブの達成が求められてはいるものの、多くの企業がどの環境課題に対してどの程度取り組めば良いか掴みかねている状況を踏まえると、これらを推進する上うえで大きなメリットになると思われます。

GHG排出、水利用、土壌汚染においてSBTを達成することが、ノーネットロス、ネイチャーポジティブにつながる

図4. 生物多様性ノーネット・ロスあるいはネイチャー・ポジティブ達成のイメージ

さいごに/今後のスケジュール

SBTs for Natureは完成に向けて開発が続けられており、2023年の第一四半期に正式版のSBTs for Nature v1がリリースされる予定です。この正式版には、STEP 1 & 2および、淡水分野(Freshwater)と陸域分野(Land)のSTEP 3が含まれる予定です。おそらく2024年以降に、海洋分野(Ocean)のSTEP 3やSTEP 4 & 5のガイダンスのリリース、バリューチェーン下流側を対象とした分析方法の追加などが行われると想定されます。

正式版のリリースまでもう間もなくです。GHG排出量を対象としたSBTの認定取得企業が加速度的に増加し、ESG投資上の指標になりつつあるのと同様に、SBTs for Natureについても市場関係者からも極めて高い関心を持たれることが想定されます。企業においても、TNFD同様、認定取得の可能性について検討を進めておいたほうがよいでしょう。

SBTs for Natureのガイダンスが更新されるロードマップ

図5. SBTs for Natureのロードマップ
SBTN「Technical Guidance for Step 1: Assess and Step 2:Prioritize」に当社加筆

※ 記事公開時点における当社の見解であり、情報の正確性や完全性を保証するものではありません

執筆者:佐藤 怜

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